──『昭和史』、続く『幕末史』は累計数十万部のベストセラーとなりました。今回は二冊の間をつなぐように幕末・明治維新から太平洋戦争敗戦まで、戦争を通して日本をみつめた一冊です。本書の中には「日露戦争の勝利を境にして、日本はそれまでと違う国家になったんじゃないか、とわたくしは思っているんです」とあります。これは一冊を通して大きなテーマですね。
半藤 各藩がばらばらだった幕末から明治になると「富国強兵」という国家目標が定められ、教育勅語や御真影によって天皇を中心にした国家づくりを一生懸命やりましょうということになりました。でも強兵は莫大なお金を必要として国民に負担をかける訳だから、国を富ませていきながら軍隊を強くしていくというのは本来は矛盾した目標なんです。
けれど日露戦争前の明治の人々は、自分達が困苦に堪えて働くことが国や人のために役立って住みやすい国になると信じて疑わず、一生懸命頑張っていました。司馬遼太郎さんも『坂の上の雲』のあとがきの中で、「これは日本史上類のない楽天家たちの物語である」という風に書いています。司馬さんの言うところの「楽天家」とはつまり、日本の発展を疑わず、一生懸命働いている人々のこと。日本人は実際に富国強兵を実現し、日露戦争に勝つという奇蹟を行った訳です。
──けれど第三章「日露戦争後と日本人」では、残念ながら、そんな国民の意識が変わりゆく様子が描かれています。
半藤 日露戦争に勝利したことによって、「勝てば官軍」で軍人はみな華族になり、にわか成金が山ほど生まれ、自分のための利益を求めて好き放題やり始めました。日本人は一等国民になったとおごり高ぶってしまったんです。さらにアジアの盟主になろうという「大日本」主義に陥って、すっかりまじめさを失ってしまいました。
──第三章には「理性や常識的なものの見方ではなく、われらは一等国民だという情念によって日本人は動きはじめた」ともあります。
半藤 勝利したといっても、実は国力を使い尽くしてやっと講和にたどりついただけだったのに、戦争後に日本の指導者達はその事実を隠してしまった。その理由のひとつには、ロシアを恐れていたということがありました。海軍は完璧に撃破したけれど、元々大陸軍国である帝政ロシアの陸軍はそっくり残っている訳です。報復を恐れていた日本は「恐露病」ともいえる状況だったんですよね。
他にも様々な理由はありますが、あんな風に隠さずに、日露戦争後にきちっと事実を明らかにして、「日本はもう少し我慢しなくてはいけませんよ」、「国力に見合った国づくりをやっていかなきゃいけませんよ」ということを、指導者が語るべきだったんですよね。それをしなかったために、その後の日本人は勝利に酔って、謙虚さを失い、冷静におかれた現状を受け止めることもせず、やがて世界の孤児となり太平洋戦争に突入していくことになります。
──太平洋戦争が悲惨な敗北となったのは、勝利に酔った日本人が現実を見なかったからなんでしょうか?
半藤 日露戦争のときには、軍部も含め、指導者が国力をよく知っていました。さらにちゃんとした「外交」をやっていました。外債を集めにいった高橋是清はアメリカ育ちだし、深井英五はイギリスに知人が沢山いたんです。ところが、昭和になってからの日本の指導者は自分達の国力を知りながら知らぬふりをし、国際連盟から脱退したりで、日常的なレベルで外交をしているような相手がいなかった。それで、外交らしい外交はほとんどなしの状態のままひとりよがりの判断で戦争に突入し、国家を亡ぼしてしまった。
──にもかかわらず、最近はまた「大日本」主義になっていると……たとえば、第十一章「昭和天皇と日本人」にも、「『たたきのめされた経験で自らを鍛える』こともなく、戦後の右肩上りの繁栄のみを謳歌し、つまるところ戦争に負けるというつらさや廃墟からの再生の苦闘の体験をまったくしない人たちばかりがリーダーとなるこれからの日本は大丈夫なのか」と書かれています。
半藤 わたくしは『昭和史』で書いたように、四十年周期という言い方をするのですが、一生懸命に努力し苦労して立派な国をつくって、ちょうど三十年くらい経った頃になると、ただ、俺達の国は一等国なんだという栄光だけを背負っている人達がトップとなって現れてくる。彼らは国家づくりの真の苦労というものを知らないままに、自分達の勝手な思いだけで国を動かしていき、十年後には国を亡ぼしてしまう。そういうことが戦前の昭和にはハッキリした。そして今の日本も、ことによったら同じことをくり返すのではないかと、そういう心配なんですよ。
──なるほど。こんな風に今回の本も語り口にひきこまれ、単純に「戦争の歴史を学ぶ」ということではなくて、「今」は地続きの歴史の上にあるのだなということが、すんなり分かりました。
半藤 昭和一桁代の日本人はアメリカを仮想敵国視しながら、アメリカのことを真に知っている人はごく少数でした。今の日本人は中国を仮想敵国のようにとらえながらも、中国のことをほとんど何も知りません。もちろん経済成長がどのくらいかという数字的なことは分かっているでしょうけれど、中国国民は何を考えていて、何を望んでいるのかということにきちんと気を配る人はほとんどいない。同じじゃないか、という訳です。
──結局、幕末から昭和まで語りおろしていかれた中で、日本人は変わったと思われますか?
半藤 変わってないと思っていますよ。日本人はものすごい上昇志向の民族で、まだ発展したいと思ってしまうんですよね。「大日本」主義です。さりとてこの時代、日本の国力は昔と同様です。資源的にはゼロに近い。頼るべき資財は人材だけです。ですから、なおさら「過去の日本人はこういうことで誤ったんだな」ということ、それを正しく知っておくことが大事です。成功の中には偶然が多いから何にも教訓にはならないけれど、失敗の中には、それこそ腐るほど教訓がつまっているんですよ。