古事記は、なぜこれほど大きく出雲という世界を取り上げているのか。そのことを説明しないかぎり、古事記という作品を正当に評価することはできないというのが、現在のわたしの立場である。日本書紀と同じく律令国家の息がかかった歴史書として編纂されたと考えるかぎり、古事記の真実は逃げてしまう。古事記は律令国家の埒外に存在したのだ。ここ数年、そんなことばかり声高に主張し続けているのに、研究者たちは出雲神話の位置付けを回避しながら古事記を考えようとする。
わたしの影響力のなさを恥じるしかないが、最近では、従来の考えに染まりきった研究者を相手に議論しても埒が明かないのではないかと考えるようになった。老い先の短いわたしが今後しなければならないのは、今まで古事記を読んだことがないという人に、古事記神話にはどのようなことが語られ、どのように読めるかということを説明するべきではないか。古事記が出雲という世界を描くことを通して伝えたかった日本列島の古代とはどういう世界だったのか、それをきちんと説明することが、次世代の古事記理解には欠かせないと思うからである。
日本列島の近代は、倒幕の戦いに勝利した維新政府によってもたらされた。その近代国家を支えるために、天皇が統治するただ1つの国家を称揚する必要があったのだし、そのために「記紀」神話は求められたのである。そして、そうした方向へ舵をきったことが、豊かに息づいていた古事記の神々を窒息させてしまうことになり、不幸な近代を招く結果にもなってしまったのではないか、わたしはそう考えている。
必要なことは、古事記を国家から解放し物語として自立させることだ。そしてそのために、まずは大きな枠組みとして、古事記の神話を把握する。その上で、それぞれの部分をどのように読めばいいかということを考える。その時、こまかな部分にこだわりすぎるのは何の実りももたらさない。必要なことは、神話というのはこんなにおもしろく興味深いものだったのだと思ってもらうことだ。本書ではその点だけに心を砕いたつもりである。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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