辻村深月の新刊を前にすると、どうにも気持ちが落ち着かなくなる。
早く読みたい、今すぐ読みたい。そう心は逸(はや)るのに、片手間に本を開くことが出来ない。中途半端な状況で読むのが怖いのだ。彼女の描く物語はいつも、読者が胸の奥深くにしまいこんで忘れかけていた、いや、忘れようと努めてきた物事の記憶を、鮮やかに蘇らせてしまう。無理やり自分を誤魔化して気付かないふりをしてきた傷や痛み、あるいはかつては確かに持っていた夢や希望、信じていた愛情や友情。大人社会を生きる上で必要以上に気持ちを乱されないように自衛してきた感情が、どうしようもなく動き出してしまう。
にもかかわらず、それが、辛く苦しいだけではなく、読後感は決して悪くないから悩ましいのだ。
辻村深月の小説は時間を超えて「あの頃」を連れてくる。だから気をつけなければいけない。封印していた記憶に「今」が押し流されないように。もう戻れないのだとため息を吐(つ)き、悔みすぎないように。切なさに心が捕らわれてしまわないように。
本書『太陽の坐る場所』も、そんな実に手強(てごわ)い、それでいてたまらなく愛(いと)しい、感情直撃の物語だった。主人公となるのは、とある高校の同級生たち。卒業して十年、二十八歳になった彼らは、年に一、二度開かれるクラス会で、これまでにも幾度となく顔を合わせてきた。高校時代から演劇部に所属し、現在はOLをしながら誰にも明かさず小さな劇団で活動を続けている半田聡美。女子特有の群れることを厭い、趣味を仕事に繋げることに成功した映画の配給会社に勤務する里見紗江子。紗江子の親友で現在は東京に隣接する地元で専業主婦となっている松島貴恵。貴恵の元カレで結婚を機に故郷にUターンしフリーのウェブデザイナーをしている真崎修。二十代女性に人気の大手アパレルメーカーで働く水上由希。地元の銀行に就職し、長年クラス会の幹事をひとりで務めてきた島津謙太――。彼らはクラス会の中心人物で、尚かつ、パッとしない「地元組」に対し、自分たちはそれぞれの欲求を満たし、望んで現在の立場を手に入れたというそこはかとない優越感を抱いている。
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