高校生のころに付き合っていた女の子の家が、狐の神様を信仰していた。何かあると「先生」のところへ見てもらいに行く。「先生」は扇子を依頼者の額に(ひたい)かざして念ずるらしい。するとその扇子に狐の影が浮かび、託宣をなすというのである。じっさい彼女から、父親が病気になった際に、家の床下の鬼門の大石が障(さわ)りをなしているから敷地の真西に埋め油揚を供えて祈祷せよ、という狐の言いつけに従ったら見事に回復したという話を聞いたことがある。大学を受験するときも「狐さん」に見てもらって決めたという。男との交際について彼女が相談していたかどうか、していたとして、どんな判定が出たかは、その後別れたので聞いていない。さだめし、ろくな男ではないと言われていたことだろう。
狐にまつわる怪異と霊力は、稲荷信仰とともに古来から日本人に親しまれてきた。元を質(ただ)せば、インド伝来の荼枳尼(ダキニ)天が白狐に跨(またが)る女神像となって仏教系の大黒天と合体し、さらに大和朝廷の大豪族秦(はた)氏の氏神である神道系の稲荷神と習合して、現在のような稲荷信仰になったといわれる。秦氏が持ち込んだ陰陽五行思想の、土気の化身として狐が信仰されるようになったという説もある。
霊力を帯びた動物のイメージにもいろいろあるが、たとえば蛇のしつこい陰湿さとも、狸の庶民的な滑稽さとも異なり、何よりも狐には色気がある。長い尻尾を持つしなやかな姿形からして女体を連想させる。おまけに浄瑠璃にもなった信田(しのだ/信太)の森の「葛の葉」説話に見られるように、報恩、恋情、母性愛など全ての情愛に富む。
四谷怪談ならぬ『麻布怪談』と名乗る本書の、真の主役は、そんな狐である。それも飛びきり艶(なまめ)かしい、遊び女の自由さと情の深さを備えた女狐だ。名は「ゆずり葉」。
大坂の産湯稲荷で若い女人が結界を設け、祈祷するうち金毛の狐の姿が生じ、再び妖艶な女体となって、交わりの悦楽に悶(もだ)える場面から本書は幕を開ける。
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