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危機感からの創刊、そして読者層の拡大へ 座談会(3)

危機感からの創刊、そして読者層の拡大へ 座談会(3)

羽鳥 好之 (文春文庫局長)

文春文庫の1990年代


ジャンル : #ノンジャンル

阿部達二(あべ・たつじ)
1937年青森市生まれ。早稲田大学第一政治経済学部卒業。1961年文藝春秋入社。「文學界」「別册文藝春秋」各編集長、文藝編集局長などを歴任。1999年退職。 著書に『藤沢周平残日録』(文春新書)、『江戸川柳で読む百人一首』(角川選書)などがある。

鈴木文彦(すずき・ふみひこ)
1946年盛岡市生まれ。早稲田大学第一法学部卒業。 1969年文藝春秋入社。「スポーツ・グラフィック ナンバー」「オール讀物」各編集長、文藝編集局長などを歴任。2011年退職。現在は八重洲ブックセンター顧問。

バブル崩壊後、支持された藤沢周平

羽鳥 90年代に刊行された作品では藤沢周平さんの『蝉しぐれ』(※21)が1位です。お2人は藤沢さんとお親しかった。

阿部 藤沢さんも70年代にデビューしたころは売れなかった。この人も倉庫では返品の山でした。

鈴木 小説雑誌の注文は多くて流行作家並みでしたけれど、単行本の読者がついてこない時期で、青樹社、立風書房、光風社などから刊行されていましたね。

阿部 私が文庫にいた84年にはまだ『又蔵の火』(※22)が文庫にならないままでしたからね。単行本から文庫になるまでに10年かかっている。『闇の梯子』(※23)が13年。『雲奔る』(※24)と『回天の門』(※25)が7年。売れ始めてからは文庫を出している各社で取り合いでしたよ。

鈴木 大きく動き出したのは文藝春秋では「隠し剣」(※26)シリーズ(単行本は81年~、文庫は83年~)、他社では「用心棒」シリーズや『密謀』からですか。

羽鳥 『蝉しぐれ』は03年にNHKでドラマ化されて売上げを伸ばしましたが、それ以前、90年代から売れ続けています。

阿部 藤沢さんの『夜消える』(※27)は単行本より文庫の方が先に出ているんですよ。文庫創刊20周年に際して目玉になるような本がほしい! と当時の文庫の部長に相談されて、それなら藤沢周平さんの短篇7本を頂いているけどまだ本にしていないので、先に文庫にしようと考えておそるおそるお願いに伺ったら、快く承諾してくださってね。単行本はその翌年。今が40周年だから20年前の話です。

※21 元服前の海坂藩士・牧文四郎は隣家の娘に淡い恋心を抱くが、彼女は藩主の側女となる定めだった。03年テレビドラマ化。05年映画化。

※22 歴史の傍らに埋もれた小さな事件を素材に描いた初期秀作短篇集。

※23 道を踏み外し、奈落の底へ落ちてゆく男たちの宿命を描いた表題作ほか4篇収録。

※24 奥羽列藩を襲った幕末の狂乱の中、薩摩を討つべく奔走し倒れた米沢藩士・雲井龍雄の短く激しい人生を描く。

※25 変節漢・山師・策士と呼ばれ、悪評と誤解の多い清河八郎。彼は一切の官途を望まず、草莽の志士として幕末を生きた。


※26 不敗の秘剣を振るうが故に悲運に見舞われる剣客たちを描いた一連の小説。「隠し剣孤影抄」「隠し剣秋風抄」がある。

※27 江戸の底辺に生きる庶民の哀歓を描く短篇集。文庫は94年初版、単行本は95年初版。

鈴木 そういう事情だったんだ。時代的なことをいうと、バブルのころには司馬さんがよく読まれていたけれど、バブル崩壊後には藤沢さんがよく読まれた。そこに描かれている生き方が支持された、という指摘を読んだことがある。関川(夏央)さんが仰っていたのかな。

阿部 その象徴が遺作となった『漆の実のみのる国』(※28)だね。

羽鳥 90年代を代表する作品で忘れてはいけないのが3位に入った『大地の子』(※29)です。長い期間をかけて構想され、膨大な資料と綿密なる取材に裏付けされた大長篇という意味では、山崎豊子さんの代表作ともいえる。

鈴木 惜しまれつつ昨年、逝ってしまわれましたが、その存在感はまさに巨星でしたね。

羽鳥 このランキングに入っていませんが、コンスタントに売れていて累計するとすごい部数になるのが平岩弓枝さんです。代表作の「御宿かわせみ」(※30)シリーズのほかにも「平岩弓枝ドラマシリーズ」(※31)の小説版、『女の旅』や『女の顔』、『女の河』といった作品は軒並み50万部を超えています。これをいま、新装版にして次々に刊行しています。

鈴木 小説作品ばかり挙げてきたけれど、文春文庫の柱のひとつにノンフィクションが充実していることが挙げられると思う。ランキングに入っている永井路子さんの『歴史をさわがせた女たち』(※32)や田辺聖子さんのユーモアエッセイは女性たちに熱烈に支持された。ほかにも畑正憲さんの「ムツゴロウ」シリーズとか、伊丹十三さん、上前淳一郎さんなどベストセラーになった作品は枚挙にいとまがない。畑さんの作品などが、いまはほとんど読むことができないのは残念ですね。

羽鳥 田辺聖子さんのエッセイは最近ベストセレクション(『女は太もも』『やりにくい女房』『主婦の休暇』)を出しまして、これがよく売れているんですよ。新装版とも併せて、名作が読み継がれるよう工夫することも文庫の重要な使命だと思っています。

※28 貧窮のどん底にある米沢藩。上杉鷹山と執政たちは一汁一菜を用い木綿を着て藩政改革に心血を注ぐ。

※29 中国残留日本人孤児・陸一心は日本人ゆえの苦難の道を辿り、文化大革命から日中国交正常化を経て、日中合作プロジェクトに参画する。全4巻。

※30 江戸は大川端の旅籠「かわせみ」を切り盛りする同心の娘・るいと彼女の恋人・神林東吾が、そこに泊まる人々の起こす事件を解決していくシリーズ。現在は明治維新以降に時代を移した「新・御宿かわせみ」となって連載・刊行継続中。傑作選も好評発売中。

※31 フジテレビで77年から85年に放送されていた。

※32 史実にユーモアを加えて描いた女性史。「外国篇」「日本篇」「庶民篇」がある。

 
座談会の文中に登場するランキングの詳細は特設サイトでご覧ください。

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