2014.03.01 書評

『テティスの逆鱗』解説

文: 齋藤 薫 (美容ジャーナリスト/エッセイスト)

『テティスの逆鱗』 (唯川恵 著)

“美容整形”を題材にした物語は少なくない。“全身整形”というものが現実味を帯びてきたあたりから、それはドラマやアニメの恰好の材料とされていく。

 考えてもみてほしい。“全身整形”は、SF的な処理なしに、人間を丸ごと別人にできるたったひとつの手段なわけで、そんな“おいしい素材”が放っておかれるはずもない。

 しかしながら、そのストーリーは誰が考えてもだいたい同じになってしまう。ひどく醜く生まれてしまった少女は、いつも「ブス」「ブス」といじめられ、とりわけ“好きな男子”には化け物扱いされ、いつか美人に生まれ変わって、みんなを見返してやりたいと思うようになり、“全身整形”を受けることでその目的を果たしていく。特に、自分を“化け物”呼ばわりした彼には、意図的に近づいて虜にした上で復讐を果たす……。

 そこまではお決まりのパターンと言っていいが、そこから先の展開は、じつのところマチマチで、転落もあれば“玉の輿”もあり、悲惨な結末もあれば、ハッピーエンドもある。当然のことながら、主人公は極端な人生を歩まされるが、その一方で判で押したように一緒なのは、どんなに美しくなっても、それ自体が幸せ行きの切符にはならないという、みんな重々わかっている普遍的な教えに行き着く。それを不幸のどん底の中で知るか、“外見だけで人を判断しないよくできた男 ”の愛に包まれながら知るか……。

 ところが、それでも“キレイになること”に執着し続ける、という結末は不思議にほとんど見当たらない。どんなに不幸になろうとも、またせっかく治した顔が崩れてしまっても、一心に整形にしがみつこうという女はなぜか現れないのだ。じつは以前からそこに大きな違和感をもっていた。つまり、そのモヤモヤを見事に取りのぞいてくれたのが本作なのだ。

 だいたいが“全身整形”をするくらい美に貪欲な女が、不幸になったくらいですごすごと引き下がるわけはない。そもそもが、「人は外見じゃない、中身である」なんてことをわずかでも思える道徳心ある女は、ハナから全身整形など選びやしない。女たちの美への執念は、平然と岩をも通す。良くも悪くも半端じゃないから、そこにドラマが生まれるわけで……。

 しかも皮肉なことに、“美容整形”の施術にも終わりがない。キレイになりたい欲に終わりがないのを良いことに、施術のプログラムも果てしなく続いていく。いや、もちろんこんなものを延々続けていいはずがないが、美容整形がただの医学と違うのは、患者が望めばいくらだって先があり、どんなにおぞましい結果をもたらそうと、それを止められる者は誰もいないことである。それがいちばんの悲劇。

 人間の欲の中で、美への欲ばかりは途中で止めないと必ず破滅する。なのにキレイになるほど、もっともっと欲をかき、一線を越えていても気づかない。逆に醜くなっていくのにも気づかない。それほどの麻薬性をもつのが、美容整形なのである。従って、こんなものがなかったらどんなに良かっただろう、とも思わない。おそらく、ここに出てくるヒロインたちも。

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テティスの逆鱗
唯川 恵・著

定価:590円+税 発売日:2014年02月07日

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