本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる
『テティスの逆鱗』解説

『テティスの逆鱗』解説

文:齋藤 薫 (美容ジャーナリスト/エッセイスト)

『テティスの逆鱗』 (唯川恵 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 つまり際限なく落ちていく女たちの、想像を絶する未来までを、奇想天外なストーリーの中にも巧みに暗示させた、恐ろしくリアルな物語……それが、この「テティスの逆鱗」なのである。

 ただし、美容整形そのものは、この先もめざましく進化し続けていくはずだ。だいたいが、この50年で美容整形は家電やIT並みの進化を遂げたと言っていい。1960年代の黎明期の整形は、時間経過による劣化が激しく、あとから顔が崩れてくるものだから、それが親にもらった体を拒んだことへの“典型的な天罰”と位置づけられたりもした。1980年代の発展途上の整形は、“若返り”需要を飛躍的にのばしたものの、肉をこめかみからひたすら引っ張り上げたりしたから、トランプの“ジョーカー顔”の女をアメリカあたりでは大量に輩出した。マイケル・ジャクソンももう少し遅く始めていれば命も縮めなかったかもしれないのに、と悔やまれる。なぜなら2000年代に“プチ整形”という、メスを使わない施術が生まれてからは、失敗も“破壊”も大幅に減って、そこで女たちの運命は明らかに変わったから。手軽で安価、リスクも少ないから“イザとなればプチ整形がある”というような「お守り」的な位置づけとなるが、このメスを使わない整形がまた日進月歩で進化し続けていて、今や本当にできないことがないほどになっている。

 かつての“全身整形”物語は、ハッキリ嘘があった。実際“全身整形”してもあちこち不自然の固まりで“絶世の美女”にはなりえなかったが、進化した施術の最大のメリットは、“自然な仕上がり”。“整形美人の世間への復讐”も、現実に起こり得てしまう時代となった。そんな折も折、自ら、“数千万円かけて全身整形したこと”を“売りにする”正真正銘の整形モンスター美女数名がマスコミにも登場しているが、かなりの出来。ところが残念なことに彼女たちも途中でやめない。もっともっとと、さらなる美を危なく求めている。

 美は繊細なバランスの上にかろうじて成り立つもの。整形が手軽になったらなったで、より安易にエスカレートしていく女も増えていて、不気味なほど若い70代も続々生まれている。しかし今この時点では、それが一体どんな幸せやどんな不幸を生むのか、まったく予測がつかないのだ。ただ、人間は不死身ではないから、姿形は美しく若いままなのに、寿命が足りなくなれば、やがてドラキュラになるしかなくなるのだろう。

 どちらにしても、美容整形と女たちの関係は、やがてまさしく“SF”か“オカルト”に近づいていく運命にある。「テティスの逆鱗」はそういう見えざる本質までを鋭く突いているのだ。

「テティスの逆鱗」を最初に読んだ時は、施術を受ける人にも、施術する人にも、これは強烈な警告になるのだろうと胸がすく思いがしたが、あれから3年、改めて読み返してみると、事情が少し変わった分だけ重篤な現実を見せられた気がした。

 折も折、どこかの知事が中年男性ながら二重まぶたへの整形を受けていたかもしれないという記事が出た。それが純粋な美の追求であっても、垂れまぶたを改善するアンチエイジングのためのものであっても、ああいう男たちがそこに参入してくると、世の中がまた一層厄介なことになるのだろう。社会の仕組みが大なり小なり変わり、また女たちの運命が振りまわされる。全身整形マンガを面白がった時代とはもうハッキリ違うのだ。誰も予測しなかったそういう重たい未来を暗示させる小説の結末に、あらためて鳥肌がたった。

テティスの逆鱗
唯川 恵・著

定価:590円+税 発売日:2014年02月07日

詳しい内容はこちら

プレゼント
  • 『赤毛のアン論』松本侑子・著

    ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。

    応募期間 2024/11/20~2024/11/28
    賞品 『赤毛のアン論』松本侑子・著 5名様

    ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。

ページの先頭へ戻る