別冊文藝春秋

光と風の布、ホームスパンをめぐる、少女、父、祖父の心の糸が織りなす世界

文: 伊吹 有喜

伊吹有喜「ホームスパン」

 

 美しい染めや織りが好きです。気に入った布を眺めたり、使ったりしていると心が弾みます。しかし染織品の多くは時間の経過とともに色褪せ、生地の張りが失われていきます。それが味わいでもあるのですが、衣類の場合は侘しい雰囲気となり、少々、外へ着ていきづらくなってしまいます。

 ところが、岩手県・盛岡市を中心に作られている手紡ぎ、手織りの毛織物、『ホームスパン』は年月がたつにつれて艶めき、着る人の体にしなやかに添うと聞きました。この布は戦前の小説のなかで、教養ある紳士の服地としてよく登場するものでもあります。

 いったい、どんな風合いに経年変化をするのだろう? そう思っていたところ、二十年近くたっているというジャケットを見る機会に恵まれました。

 まず、色の美しさに驚かされました。黒にも紺にも見える色でしたが、目をこらすと、ほかにも別の色が光のように潜んでいます。袖に手を通すと軽やかで、肩や背中に重みがかかりません。風をまとっているかのようでした。

 これから始まる連載は、盛岡近郊で染織工房を主宰していた高齢の男、彼に反発して別の道を選び、東京で暮らしている四十代の息子、その娘である十七歳の少女の物語です。彼女はかつて祖父たちが作っていたホームスパンに心惹かれています。

 時間を越えていく誠実な手仕事と、それをめぐる少女、父、祖父の心の綾を描けたらと思っています。

 お楽しみいただけたら、とてもうれしいです。

「別冊文藝春秋 電子版9号」より連載開始


 こちらもおすすめ
特集『雲を紡ぐ』に全国から感動、共感の声が続々届いています!(2020.01.31)
インタビューほか人と人の心の糸は一度切れても、再び繋がる──盛岡「ホームスパン」をめぐる親子三代の物語(2020.01.23)