この小説を手にとった日のことは、はっきりと憶えている。東日本大震災からちょうど二ヶ月経った頃だった。目の前の惨状にただ立ち尽くすだけの私だった。映画や演劇の仲間たちは、「これから何を表現すればいいかわからなくなった」と苦悩していた。私にも震災の影響がなかったと言ったら嘘になる。ただ、こういう時こそ自分のやれることをやらなければいけないのだと言い聞かせながら、やるべき仕事に向かっていた。しかし、世の中は何をやるにしても自粛ムードだった。私が準備していた映画もやがて、中止になった。
「日本をひとつに!」「絆」行動力あるたくさんの有名人やアーティストたちが、何かをやらなければと被災した人々へエールを送った。しかし、東北の友人たちは声高ではない苦言を口にした。温度差がありすぎると……。
良かれと思って送った言葉や手助けだと思ってやった行動が受け入れられないこともある。これは難しい問題だ。では、どうすればいいのか? どうすれば相手の心に寄り添えるのか? 東北の地を訪ねる度、私は考えさせられた。
そんな時だった、西加奈子さんの小説『円卓』に出会ったのは。
「いま私たちに必要なことが書いてあります」と脚本家が薦めてくれたのだ。読んでみると私の悩みの答えがそこにあったように思えた。
主人公、渦原琴子(通称、こっこ)は小学三年生。幼なじみの吃音の少年のぽっさん。在日韓国人の朴くん。親がボートピープルだったベトナム人のゴックん。“ものもらい”で眼帯をしてきた香田めぐみさんたちに囲まれている。平凡でつまらない人間を軽視する彼女は、「うるさいぼけ」が口癖の生意気な少女だ。
こっこは祖父の石太、祖母の紙子、父の寛太、母の詩織、そして三つ子の姉、理子、眞子、朋美たちと公団住宅で暮らしている。六畳の居間には、つぶれた中華料理店からもらってきた深紅の円卓。ただでさえ狭い部屋を明らかに邪魔している、その円卓を囲み家族はいつでもガヤガヤと賑やかだ。特別な人間が羨ましくて仕方がないこっこにとって、庶民的で温かい古き良き家族の団欒は疎ましい。
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