- 2013.02.21
- 書評
塀の中のホリエモンがつかんだ「真理」
文:安部 譲二 (作家)
『刑務所なう。シーズン2 前歯が抜けたぜぇ。ワイルドだろぉ?の巻』 (堀江貴文 著)
ジャンル :
#随筆・エッセイ
ホリエモンこと堀江貴文氏が書いた『刑務所なう。シーズン2』は、長野刑務所で2年6月(ニネンロクゲツと読む)の刑期を務めている彼の日々の記録だ。この本の書評依頼を受けた私は、「シーズン2」ということは当然「1」がある訳で、彼が最初に出した「刑務所なう。」も読んだ。1冊が500頁もある厚い本が2冊だから、結構大変な作業で正月休みが潰れてしまった。
この原稿用紙5枚弱の書評に、文藝春秋はいくら原稿料をくれるのか? 2冊も読んだら、つい文章がホリエモンに似てしまった。作家は普通こんなふうに原稿料のことなんか書かない。心の中でイジイジ想っているだけだ。表向きは“書きたいことがあるから書くんだ。金のことはよく分からない…”みたいな涼しい顔をしている。それをホリエモンは鮮やかにズバリと本音を書く。勿論、官の検閲があるから、文章は鮮烈だが棘がない。
タバコの密輸もせず、陰部摩擦(自慰)はほどほどに、アンコ(男色)も犯さず、反則無しでも不合理を強要する刑務官(看守)に、ただひたすらガマンするホリエモン。堪えに堪えて、ヨンピン(4分の1)いや秘かにサンピン(3分の1)のパロール(仮釈放のこと。この隠語は純正英語)を狙っているホリエモン。
こう書いていて、いろんな言葉を思い出した。一般社会では遣われていない一種独特の刑務所用語だ。現在は改正されているが、明治41年に制定された監獄法が、今でもゾンビのように生き続ける、ここは特殊な世界なのだ。
彼はどこにでもいる、そこらの40男ではない。ついこのあいだまで、IT業界の風雲児と謳われ超高級マンションに住み、女優やモデルを抱き、食べたいものを食べて、あらゆる欲望を満たしながら95キロのデブにもなった男だ。
一面識もない私だが、実刑判決を知った時、なんとも言えない違和感を覚えた。“逃げ込み”(危険を避けて刑務所に逃げ込むこと)かと思った。ペテンバッタ(ペコペコ頭を下げるさま。つまり裁判官に情を憎まれないよう振る舞うこと)していれば、実刑は免れたと私は思う。 ホリエモンはこのことに関しては一言も触れていない。警察と検察には文句があるようだが、裁判所と法務省にはほとんど無言だ。これもガマンのうちに違いない。
この『刑務所なう。シーズン2』は、日々のオカズまで克明に記してある服役日誌と、時事オピニオン、それに漫画と編集者の面会記録で構成されているのだが、私が一番面白く読んだのは「時事オピニオン」だ。40代になった彼が、徹底的に自由を奪われた塀の中で、世の中のあらゆるニュースにどう反応したのか、私にはとても興味がある。
長野刑務所は初めて刑務所に入る懲役ばかりが集められている初犯刑務所だ。そこでホリエモンはモタ工(刑務所の隠語でモタモタ工場の意。身体障害者や知的障害者、認知症や高齢の受刑者が集められている)の衛生夫に配役された。東大で学んだホリエモンだから、もっと楽で大きな飯が食べられる役席(えきせき)があっただろうに、なんとしたことか衛生夫にさせられてしまったのだから、本人にとって最悪のシチュエーションだ。
普通の工場だったら衛生夫はいい役席で、ガリ屋(散髪屋)でもやっていればいいのだが、モタ工は違う。他人の介護ナシでは生きていけない懲役たちの面倒を見る。懲役というだけでも辛いのに、ホリエモンはこのモタ工の衛生夫なのだ。老人や身障者の汚れた下着を素手で洗い、排泄物が飛び散った床をモクモクと拭く。仮釈放が貰いたいので、反則は一切せずにクソ真面目にクソまみれで働く。
刑務所には、「出る心配より、入らぬ工夫」という格言がある。フジテレビを慌てふためかした頭のいい男は、腹を括って愚痴は言わない。ただ懲役と看守の程度の低さを嘆くだけだ。ITを操らない者は、現代社会では単純作業に運良く就くか、懲役に来るしかないとホリエモンは思っている。
彼は真面目で律儀に全力を尽くして働く見上げた男だ。この男には可能性が無限に見えていて、そこには国旗も国境も、肌の色の違いも宗教もない。納豆も食べられるようになり、腕立て伏せだって360回も出来るようになって、30キロの減量もした。ガマンの末に、これだけやったのだから並みの男ではない。心から大した男だと感心する。
彼は政治家は勿論のこと、役人や財界人の頭の悪さにウンザリしている。物を考えないバカは、努力もしないし力を振り絞りもしないのだから、こんなモンは生きていても無駄だと思っている。
そしてある日ホリエモンは、「『人の気持ち』とか『思いやり』とかって、結局、経験値なんだよね」と呟く。本当にホリエモンは、いい懲役を務めた。こんな真理は須坂で衛生夫をやらなければ、一生分からなかっただろう。
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