みなさんは、自分と同じ年齢の頃の親が何を考え、何をしていたか、すぐに答えられるでしょうか。たとえば、今あなたが55歳だとして、55歳のときの父親は、何を考え、どのような仕事をしていたか。何か病気のようなものを抱えていたのか。
私が自分の身を振り返り、親のことを考えるようになったのは、50代半ばのこと。勤めていた日本経済新聞社を辞めようか、どうしようかと迷っていた頃です。当時の私は論説委員会の責任者で、役員会の末席を汚す立場にありましたが、定年の63歳まで勤めるよりも、自分の好きな書くという仕事、作家としての道を貫きたいという気持ちが強くなっていたのです。しかし、その一歩が踏み出せずにいた。迷う私の頭の片隅にふと、父の姿が浮かぶようになっていました。
父は定年前に会社を辞めたはずだが、果たしていくつだったのか。辞めた理由は? 引越しなどの家族のイベントは、断片的に記憶しているものですが、必ずしも時系列的には整理されてはいない。まして、そのとき親がどういう思いでいたかなどわからない。ならば年表にして、思い出す限りのことを書きだしてみようと思ったのです。それを元に父の思いも推理してみようと。まずは自分が物心ついたときから年代順に並べ、上段に、同じ年父に起こったことを重ねていきました。それが、「親と子年表」の始まりです。そうやって作った年表が、思いがけず人生後半を生きるのに役立ったのです。
自分の記憶だけでは頼りにならないため、母や姉にもリサーチして、父が会社を辞めたのは55歳だったとわかりました。そのとき私は30歳、大蔵省記者クラブに所属し、夜討ち朝駆けに明け暮れる日々。当時の私には想像すらできなかったのですが、どうやら父にも、会社での地位を追求しようという権力欲があり、しかしその反面、潔く後進に道を譲りたいという思いもあり、揺れながらも、定年を待たずに会社を辞める決断をしていた。それがわかったとき、何かすっきりして、背中を押されるように私も会社を離れることができたのです。
考えてみれば男性の50代は、人生の中で難しい季節なのかもしれません。会社の中で、自分がどれぐらい大切な存在かが見えてくるし、体の衰えも感じ始める。定年後の生活も心配です。私の場合、やはり50代に入ってから体重が増え始め、疲れやすくなり、上昇カーブを描いていた人生曲線が屈折点を迎えたかのような感じがしたものです。
結局、私が会社を辞めたのは父に遅れること5年、60歳のときでしたが、それを機に人間ドックに入りました。結果は、それまでの不規則な生活を見事に反映するものでした。そこで、父の体に起きたことも年表に加えてみたのです。父が亡くなる64歳までにかかった病気を並べてみると、胆のう炎、痔、糖尿病、痛風、高血圧、そして糖尿病と肝臓病が悪化して、死に至っている。人間ドックの結果を見れば、私も父がたどったのと同じ道を進むことになる。そうならないために酒を止め、週1回ゴルフに通い、無理のない範囲で健康的な生活を続けるようにしました。父の体に起きたことを振り返ることで、私の健康状態は改善したというわけです。これも「親と子年表」の効用でしょう。
よくいわれることですが、20代よりも30代、40代……と、時間は早く流れていきます。だから今、50代、60代の人には、意味ある10年、20年を過ごしてほしい。これは、そろそろその年代にさしかかる、私自身の息子や娘に対する願いでもあります。人生後半には必ず、「自分は一体、何者だろう」という思いが頭をもたげてくるときがやってきます。そんなとき、親のたどった足跡ほど役に立つものはありません。嫌いな親でも、年表を書いていくうちに客観視できるようになる。「親と子年表」は未来年表でもあります。親がまだご存命の方は、ぜひ、今の親の年齢までを参考として、あるいは反面教師として、老いへの段取りを始めてください。本書では、定年後に必要なお金や、終の棲家、ボケる前にしておきたいことなども盛り込んでいます。新聞記者として、いろいろな人に会い、様々な場所に取材に出かけてきた経験から、こうなってはおしまいだという例、こうしたらいいという例を挙げました。
私は今、74歳。人生で怖いものなどない年齢になりましたが、実はひとつだけ、恐れていることがあります。それは、自分自身と家族のことを年表の実例として出してしまったこと。本当は隠しておきたかった人生最大の失敗も、恥を忍んで書いています。家族からは猛反発を受けそうですが、もう書いてしまったので手遅れ。しかし、あのときの私と同じように迷っている中高年に役立ててもらえれば、勇気を振り絞った甲斐もあるというものです。自分の人生の主役は自分です。かけがえのない自分を生きるためにも、私の例が参考になれば、これほど嬉しいことはありません。
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