2014.08.08 書評

もし自分の彼女が犯罪者だったら?

文: 塩田 武士

『雪の香り』 (塩田武士 著)

 将棋(『盤上のアルファ』)、オーケストラ(『女神のタクト』)、会社の組合活動(『ともにがんばりましょう』)など、エンタテインメント界に新風を吹き込んできた塩田武士さん。最新作は、京都が舞台の純愛ミステリーだ。

 主人公の風間恭平は全国紙の記者。ラウンジでネタ元の刑事・勝山と会っていた。勝山が紙切れをコースターの横に置く。そこには、容疑者や関係者の名前など捜査情報が書かれていて、勝山がトイレに行っている間に、メモの内容を頭に入れる。それが暗黙の了解だ。メモを開いた恭平は、そこに北瀬雪乃の名前を見つけ混乱する。彼女は恭平が愛した女であり、そしていま、彼の部屋にいる――。

「これは新聞記者だったときの体験をもとにしたシーンです。当時は、知り合いの名前を見つけたらどうしようと、いつもビクビクしながらメモを開いていました。構想段階でこのアイディアを担当編集者に話したらすごく興味を持ってくれて、具体的に執筆に向けて動き出すことができたんです」

 謎を追う男と疑惑の渦中にいる女。雪乃が犯した罪とは? 恭平がたどり着く真実は何か?

 彼らの愛を育み、その行き着く先を見届けるのは京都という街だ。

「物語は2012年と2000年を行き来しますが、恭平と雪乃の間に流れる“時”を描きたかったんです。

 全国各地で、地元の商店街が消え、駅前には次々商業ビルが建っています。京都は唯一そんな街の均一化と距離を置いています。12年の時を経て、変わったものと変わらなかったもの。それを鮮明に浮かび上がらせるのは、京都以外にないと確信していました。

 実は、この作品を連載する1年ほど前から京都在住なんです。ちょうど会社をやめるタイミングで、『雪の香り』を書くなら京都に住むと決めていました。これから書く作品のために引っ越し先を選べるなんて、本当に幸せやなあと思いましたね。

 生活してみると、観光では気付かなかったことが見えてきます。京都市内の人は橋を基準に地理を考えているとか、子どもたちに人気の公園が、昔は競輪場だったとか。細部に宿る神を捉まえるために、ひたすらメモを取りながら歩く日々でした。恭平と雪乃の道行は、自分で何度もたどっています。そうすると、2人の会話が次々に浮かんでくることがありました」

 彼らへの思い入れの強さに、ラストシーンを迎えたとき、この物語を書き終えたくなかったほどだという。

「2人の過ごした切ない時間を、京都の街と共に感じてほしいですね」

雪の香り
塩田武士・著

定価:本体1,650円+税 発売日:2014年06月09日

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オール讀物 2014年8月号

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