2009年から施行された裁判員裁判。本作では新人裁判官・久保珠実を主人公にして法廷の描写を中心に、3つの事件の裁判を描いている。
「制度が始まる前、地方裁判所委員会で実験的に行った、一般の人を交えた模擬裁判を見学して、ぜひ小説にしたいと思いました。画期的な制度なので、てっきりみんな一斉に裁判員裁判をテーマに書くんじゃないかと思ったんですが(笑)、意外にまだ書かれている作家の方は少数ですね」
表題作では交換放火という新しい犯罪に挑み、残りの2ではDV被害者による夫殺しが正当防衛であったか否か、そして夫の愛人を殺した理由が、愛人を邪魔に思ったか、それとも愛人の子供への虐待を見かねてかという問題をテーマにしている。
「交換犯罪ものは交換殺人に代表されるように色々とバリエーションを付けられるものなのですが、放火にしたことで法律的な見地を利用して新しい仕掛けを施しています。
夫婦間のDVや愛人との話は、男女間で捉え方や考え方も変わってくるでしょう。裁判員裁判では、性別や年齢、価値観なども異なる裁判官3名、裁判員6名、予備裁判員2名の合計11人が登場しますから、各人物が事件についてどう思うだろうと考えて、小説内で活かすのが大変でしたね」
3つの事件とも、基本的に犯人や犯行方法は判明しているが、犯行時、被告人が何を考えていたのかまでは作中で完全には明らかにされない。このスタイルによって読者が実際の裁判をリアルに感じられるようになっている。
「人の心というものに明確な答えは出せないでしょう。それに、犯人の心理が分からないというのが一番怖いことだし、ミステリーになる部分ではないかと思いました」
同じ一人を殺した殺人事件でも量刑が大きく異なったり、制度が始まってからのプロの裁判官の変化は取材を通して分かったことだという。
「あらゆるケースを法律では規定できないので、当然量刑もケースバイケースになりますし、あまり知られていませんが時には検察側の求刑より重くなることもある。また、裁判長は裁判員が必要以上に影響されないように評議ではなるべく発言を控えるというのも発見でした。
いずれにせよ、事件は市井で起こっているのですから、一般市民が参加することは意義がありますし、始まって3年以上が経ちますが、大きなトラブルがあったという話は聞きません。これは日本人の真面目さと優秀さの現れで、外国に誇れる制度ではないでしょうか」