書評

野球という「合戦」に命をかける男たち

文: 渡部 建 (芸能人〈アンジャッシュ〉)

『10・8 巨人vs.中日 史上最高の決戦』 (鷲田 康 著)

――今も球場で観戦されるほどの野球好きで知られる渡部さんですが、1994年のシーズン最終戦、勝った方が優勝という「10・8決戦」は、どちらでご覧になっていましたか。

渡部 テレビで観ていました。とにかく壮絶な試合だった印象があります。平均視聴率48・8%ですよ。巨人が三本柱(槙原寛己、斎藤雅樹、桑田真澄)の継投で6対3で勝って、落合博満さんと中日の立浪和義さんがケガをして……。

――実際の試合とくらべて、本書の印象はいかがですか。

渡部 テレビで観ていた僕でも、忘れていたディテールや、知らなかった裏側のドラマがふんだんに盛り込まれていて、圧倒されました。監督、選手、スタッフたちの心理や行動が、ここまで詳細に明かされると、まるで合戦に命をかける戦国武将たちが描かれた歴史小説を読んでいるかのような錯覚を覚えました。まさか、これが自分の生きている時代のこととは思えません。ナゴヤ球場に観に行けばよかった。

――たとえばどんなエピソードやシーンですか。

渡部 試合前のミーティングで長嶋茂雄監督が、「勝つ」を3回繰り返したという今や伝説的な話がありますけど、実際に長嶋さんは、この優勝をかけた一戦を「桶狭間の戦い」にたとえているんですね。でも本当のところ、「勝つ」を3回繰り返したのか、1回だけだったのか、聞いていた選手たちさえ覚えていない。それは長嶋さんの気迫で、一種のトランス状態にさせられたということでしょう。

 あと、この“世紀の決戦”に関わった人たちを結ぶ縁も不思議ですね。落合さんは長嶋さんが現役引退する試合を会社を休んで観に行っていた。そのミスターを胴上げするために中日からFAして巨人入りし、この試合に負けたら引退とまで決意していたわけでしょう。その落合さんは、中日最後の日にエース・今中慎二投手に意味深な一言を笑いながら残していった。そして今中さんは、その一言のためにマウンドで動揺を隠せなかったなんて、当時はわからなかったです。

 中日の高木守道監督も長嶋さんと縁があったんですね。高木さんが県立岐阜商高一年のとき、立教大4年の長嶋さんが教えに来ていたなんて、知りませんでした。その10日間でショートの高木さんをセカンドにしたらプロになれると見抜いた長嶋さんもすごい。もし2人の出会いがなかったら、野球界を代表する“職人セカンド”は生まれなかったかもしれないし、「10・8決戦」もなかったかもしれません。

――この戦いにおける長嶋・高木両監督の采配の違いは、今も語り草になっています。

渡部 エース三本柱を次々と投入した長嶋さんに対して、先発は今中投手に託して、あとはいつも通りの継投に徹した高木監督が後で批判されましたね。たしかにリリーフで山本昌、郭源治両投手を出していたら、チームの士気は違っていたのかもしれませんが、高木監督は堅実な采配をしたと思いますよ。斎藤さんも桑田さんも、連投につぐ連投で満身創痍の状態だったわけですから。歴史に「もし」はないと言いますが、もし結果が逆だったら、長嶋さんが批判されていたかもしれません。ただ、それでも勝つのがミスターたる所以というか、長嶋さんでなければ勝てなかったかもしれない。

――改めて1番印象に残った場面はどこですか。

渡部 実は僕、中日の4番手で投げた野中徹博投手のエピソードが1番シビれたんです。テレビで見た記憶だと、野中さんも投げていたよね、くらいだったんですが、彼の野球人生がドラマそのものです。高校からドラフト1位で入団しながら、ケガで1度は現役引退。働きながら漫画家の水島新司さんのチームで草野球をして、そこから台湾のプロ野球に行き、中日入りという波瀾万丈の経歴ですからね。

 テレビ中継で解説者の鈴木孝政さんや達川光男さんが、「なぜ山本や郭を出さない」と言っているのを後で聞いた野中さんが、「結局、そういうのって陽の目を見た人たちの言葉なんですよ」と取材に答えた言葉は、グッときましたね。実際、野中さんは打たれていない。スター選手が軒並みいる中で、僕が自分を投影できたのは野中さんです。戦国武将ものでも、サブキャラがいるからこそ、いいんですよ。巨人と中日という伝統ある球団で、実力も人気も兼ね備えた大物がひしめく戦いの中、オレでもできるんだ、諦めずにやってやるんだ、という思いの強さに惹かれる人は多いと思いますよ。

 この作品をドキュメンタリー映画にしたら、絶対に大成功すると思うし、是非してほしいです。

10・8

鷲田 康・著

定価:1785円(税込) 発売日:2013年03月09日

詳しい内容はこちら