書評

「半藤さんは山本五十六を描ける最後の書き手です」

文: 山本 源太郎 (山本五十六元帥の孫)

『聯合艦隊司令長官 山本五十六』 (半藤一利 著)

 太平洋戦争開戦から70年の節目にあたる今年12月。映画「聯合艦隊司令長官 山本五十六」が全国公開される(12月23日からロードショー/配給・東映)。映画の監修は、山本五十六贔屓を自認する半藤一利さんがつとめた。シナリオの段階から参画し、加えて原作本を新たに執筆。
「本の話」編集部では、山本五十六の直系の孫である山本源太郎氏にこの原作本をお読みいただき、感想を伺う機会を得た。源太郎氏は昭和36年(1961)生まれの50歳。お話の中から山本家にまつわる驚きの新事実も飛び出した!

最後まで開戦に反対した理由

――開戦決定直後の海軍大臣の嶋田繁太郎への手紙に「申すも畏き事ながら、ただ残されたるは尊き聖断の一途のみと、恐懼する次第に御座候」と五十六さんは書きました。

山本 祖父は天皇陛下の最後の決断を願っていたと思います。そこには「なんとか止めてください」という、祈るような、すがるような気持ちがあったのではないかと思います。

――三国同盟締結後には、五十六さんは「もし戦争が始まったとしたら、東京は3度も4度もまる焼けになるよ」という予言を口にしていました。

山本 祖父はアメリカで、のべ4年半暮していますが、その間アメリカ人とどういう交流をしていたのか、じつはわからないのです。日本に帰国してからアメリカ人との手紙のやりとりがあっても不思議ではないのですが、それがまったくない。交流の痕跡がない。これは私の憶測ですけれども、おそらくアメリカ人の国民性のなかに好きになれない部分があったのではないか。たとえば凶暴性のようなものを見ていたのではないか。もちろん原爆を落とすとまでは考えてないでしょうけれども、アメリカと喧嘩をしたらひどいことになるという危機感をたしかにもっていたはずです。大変なことになるという鮮やかなイメージをもっていたのではないかと思うのです。

 最後まで開戦に反対し続けたことが、原作本では余すところなく描かれていましたね。「その衝(しょう)にない者、発言すべからず」の海軍にあって、自分の立場を逸脱せぬように、けれども戦争を避けるための努力、中央に対する働きかけを、こんなにも一生懸命していたのかと改めて知ることになりました。

――五十六さんについて、初めて知ったことはありますか。

山本 ハッと思ったのは、昭和18年(1943)4月18日の前線視察の目的です。ご存知のとおり、このときアメリカ空軍P38の待ち伏せを受けて命を散らすわけですが、「五十六は最後の別れを言いにいった」と書かれていて、ああ、なるほど、と思いました。ガダルカナルを奪われて、一挙に戦線を引き下げることを五十六は決意しますね。反撃の態勢を整えるにはソロモン諸島に展開している第一線基地の将兵たちを捨て石にして、残して見殺しにせざるを得ない。それを決意して別れの挨拶に行ったという半藤さんの解釈は、ストンと腑に落ちました。自殺説を説く人もありまして、それはどうかなと私は怪しんでいたのですが、惜別の前線訪問という半藤さんの解釈は、五十六が信頼した渡辺安次中佐から聞いた話をベースにしておられますから充分納得がいきました。

 そうそう、初めて気づかされたことをもうひとつ。「薩長が始めた戦争を、いわゆる賊軍が辛うじて終結させた」という指摘です。これも、「なるほど言われてみればそのとおりだ」という感じでした。本の冒頭に半藤さんご自身が幼い頃おばあさんから聞いた話、「新政府は泥棒じゃて。無理やり戦さをしかけおって……」というお話が出てきます。おじいさんは“官軍”などとは金輪際言わなかったとも書いておられる。

 戊辰戦争を知らずして、祖父・山本五十六のこと、そして祖父の生きた時代をわかったことにはならないと思いました。この本も映画も、昭和史をより深く理解するためのきっかけになればいいなと思いますね。

聯合艦隊司令長官 山本五十六
半藤一利・著

定価:1470円(税込) 発売日:2011年11月9日

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