かたづけていた楽譜のうらに乙白(おとしろ)が描いた殻綾(からーや)の似顔絵があって,えもいえない甘さが目をおどろかした.凜凜しく,いきいきと張りがあって,しかもこよなく優しいそのおもざしが実物の殻綾(からーや)とかけちがえばこそなお,それが乙白(おとしろ)の見ている殻綾(からーや)だということだった.その天使像と私の見知っている殻綾(からーや)とのはるけさがろこつである度あいにおいて,私にはいっそう勝ち目がないということだった.その遠さこそが殻綾(からーや)への,乙白(おとしろ)の恋のたけだった.
更けた都のうらは甘藍のくさっていく匂いになまあたたかく,工事場の高みに溶接の火花が,ほとばしっては流れ消えるのが見えた.よろい戸のおりた店と車庫とにはさまれた昼は気もつかないすきまに稲荷の小みやがあって,こんぶのように身を揉んでいる暗い旗と見て過ぎれば竿のきしみが耳にのこり,奢るがよいと呪文のように,殻綾(からーや)の絵すがたの麗しさがしたたかに立ちふさがる六月の闇をうめいて歩いた.
プレゼント
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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