本書のタイトルである『資産フライト』は、一般的にはまだ聞きなれない言葉ですが、金融関係では昔から「キャピタルフライト」capital flightということがよく言われてきました。これは、国内から海外へ資本がいっせいに流出する「資本逃避」のことを言い、古今東西、多くの国で起こってきました。現在も、欧州金融危機の影響で、新興国から資本がいっせいに引きあげられています。本書は、こうした大規模なキャピタルフライトの話ではなく、あくまで、個人ベースの話なので、あえて「資産フライト」assets flightと呼ぶことにしました。
海外に出たとき、そこに長期滞在するとなると、現地の銀行で口座を開きます。留学生、海外駐在員なら、たいていしていることです。これは、現地での生活のために必要なことですが、わざわざ海外に出向いて口座を開設し、そこに日本から持ち出したマネーを預けるとなると、話は違ってきます。
これが本書で描いた資産フライトの第一歩なのですが、こうしたことが、ここ数年、いわゆる一般の人間、サラリーマンからOLまでがするようになってきました。海外口座に預金するばかりか、そこを通してファンドに投資するようなことまで、いまでは広範囲な資産フライトが行われています。
かつての時代なら、富裕層、いわゆるお金持ちしかしていなかった海外での資産運用を、なぜ、一般の人間がするような時代が訪れたのか? それをリアルに描くことで、現在の日本の本当の姿が見えてくると思い、私は、ここ数年、折をみて取材を重ねてきたのです。
ではなぜ、資産フライトが起こるのでしょうか?
それは、その国の経済の先行きが暗くなり、そのうえ財政破綻が懸念され、インフレの危険性が高まったときです。このまま自国に資産を置いておけば、やがてくる経済破綻、自国通貨の大幅な下落によるインフレで、資産が毀損される。それは、真面目な労働や努力が無になってしまうことを意味します。だから、それを恐れて、人々は、自分の資産を国外に逃避させるのです。
日本では、デフレ不況が長く続き、「失われた20年」と言われても、経済状況がとことん悪化したわけではないので、これまで、資産フライトは起ってこなかったとされてきました。しかし、それは本当でしょうか?
私が知るかぎり、それは嘘です。単に、これまでマスメディアが報じてこなかっただけで、ここ数年、資産フライトは加速しているのです。この変化は、もう10年以上前から静かに起こっていて、とくに民主党政権が誕生した2009年9月から加速し、2011年3月に東日本大震災が起こってからはさらに加速しています。
本書は、香港のHSBC(香港上海銀行)に口座を持つ中年夫妻が、成田空港から1000万円の現金を持ち出す場面から始まります。これは、私がツテを頼って同行させてもらった取材でしたが、あまりに簡単に現金を持ち出せることに、正直驚きました。
震災大不況が始まり、財務省主導の野田政権による増税路線が既定化したいま、今後、ますます、資産フライトは加速化すると思います。そうなると、政府と税務当局は規制を強化します。しかし、それは問題の解決にはならず、本当の解決法は、この国をそんなことをしなくてすむ豊かな国、住みやすい国にすることです。
しかし、資産フライトの現状、富裕層の海外生活と意識、そして規制を強化しようとする税務当局などを取材してみると、見えてくるは、日本のガラパゴス化した金融のリアルな姿、国民を貧しくするだけの教育など、まったく情けないこの国の現状です。
資産フライトは言葉を換えれば、「さよならニッポン」です。ここまで、日本人は追い詰められてしまったのです。
東日本大震災以来、日本人の団結と復興が叫ばれてきましたが、日本が本当に復興し、新しい未来を切り開いていくためには、この現状から目を背けることはできません。このままでは、日本は今後、富裕層に国を見捨てさせ、企業の海外移転を促進させたうえで、政府のおカネだけを頼りにする、なにも知らない非納税者の貧乏人だけの国になってしまいます。
どうか、このような問題意識の下で、この本を読んでください。そうして、今後の日本、そしてあなたの人生をもう一度考え直していただければ、本書を書いたかいがあります。
資産フライト
発売日:2012年06月20日