「キャパはきっと天上で僕の文章を読んで、苦笑しながら喜んでいるだろうね」
20世紀を代表するカメラマン、ロバート・キャパ。沢木耕太郎さんは『キャパへの追走』で、キャパが祖国のハンガリーを出て、インドシナ戦争の取材中に地雷を踏んで死ぬまでの旅路をたどっている。
沢木さんがキャパに深い関心を寄せるようになったのは、30年ほど前。きっかけは、リチャード・ウィーランが書いたキャパの伝記の翻訳の依頼だった。
「編集者がすごく厚い原書を持ってきたんです。その人は、僕が英語をすらすら読めるとひどい勘違いをしていた(笑)。調べながら読んでいくうちに、キャパは『ちょっとピンぼけ』に書いているだけではない、複雑な性格を持っていることがわかってきたんです」
沢木さんは、キャパがスペイン戦争で撮影した有名な写真「崩れ落ちる兵士」を翻訳中に何度も見るうちに、疑念を抱いた。
「この写真は兵士が銃で撃たれたのではなく、足をすべらせたところを撮ったものだろうと思っていました。兵士は本当に撃たれたのか。それを確かめるために、いつか『幻の丘』へ行きたかったけれど、なかなかチャンスがなかった。雑誌の連載の話があったとき、キャパが撮影した現場へ赴き、僕も同じ構図で撮って比べてみたいと提案しました」
沢木さんの旅は東京駅からスタート。スペインを中心に世界各地を巡った。
「旅の神様は僕によくプレゼントしてくれるんです」
ピカソ風老人をはじめさまざまな人に遭遇したり、わからなかった撮影場所を次々と探しだした。
「取材を終えて、あたたかい日差しのなか、誰もいない無人駅のベンチで、いつ来るかわからない次の電車を待っているとき、幸せだなぁと感じました」
沢木さんは「崩れ落ちる兵士」の撮影現場を特定し、撃たれた瞬間を撮ったものではないことを明らかにした。その詳細は先に出した『キャパの十字架』で描いた。
キャパの人生をたどった本書の刊行で、沢木さんの旅は完結したことになる。4年におよぶ旅を終えた沢木さんは振り返る。
「彼が『崩れ落ちる兵士』について語らず、誤解に任せて名誉だけを受け入れたのは、正しい行為ではなかったと僕は思う。しかし、キャパは虚名に実体を一致させるために旅を続け、雄々しい人間として人生を完結した。今回の旅を通して、彼がすごい苦闘をしていった跡が見つかったのです」
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