書評

行き止まりの“その先”を目指す人々を温かく描く

文: 「週刊文春」編集部

『トオリヌケ キンシ』 (加納朋子 著)

「トオリヌケ キンシ」と札のかかる路地を通じて交流する2人の小学生、妻を亡くしてから「家の中に座敷童がいる」と言い出した老人、そして夢の中だけが自由な“ヒキコモリ”少年……。共感覚や相貌失認など、人と少し違う部分がある、でもごく普通の人々が自分なりのやり方で歩む人生を描く短編6編を収録。 文藝春秋 1400円+税

 学校と家とで性格が一変する女の子、人の顔や表情が見分けられない少年……。短編集『トオリヌケ キンシ』の登場人物たちは、みんな少しだけ他の人と違う。障害とまでは呼べない症状、特技というにはささやか過ぎる能力の持ち主たちだ。

「自分が病気を経験したこともあり、人の体の精巧さに改めて気づいたんです。本当に絶妙なバランスで人間は生きている。だからこそ、少し違う大変さや僅かでもずれた時の怖さを書いてみたいと思いました」

 第2話の主人公は四葉のクローバーや隠れミッキーを見つけるのが得意な少女。

「テレビ番組で、四葉を見つけまくる女の子を見たんです。その時は不思議だなと思っただけですけれど、共感覚という現象を知った時に、もしかして……とアイデアがふくらみました」

 共感覚とは、通常は結びつかない五感や反応が関連し合う知覚現象のこと。主人公の場合は視覚が聴覚を誘発するために、四葉やミッキーの形が“呼ぶ声”が聴こえる。この、何の役にも立たないと思えた能力が、彼女の人生最大のピンチを救うことになるのだ。

「共感覚などの言葉は、物語のきっかけ、雪の結晶の核になる塵のようなものですね。資料を調べたり、編集者の方から『こんな現象がありますよ』って教えてもらったりして1編ずつ書いていきました」

かのうともこ/1966年福岡県生まれ。92年『ななつのこ』で鮎川哲也賞を受賞しデビュー。95年「ガラスの麒麟」で日本推理作家協会賞受賞。『ささら さや』が映画化され公開中。小説著書多数のほか、白血病との闘病記『無菌病棟より愛をこめて』も話題に。

 加納さんが描く小さな差違は、それを抱える人たちを時に助け、時に困らせる。僅かなずれが思わぬ結末へとつながることも。

「ひっくり返したり、驚かせたりしたくなってしまうのは、ミステリー畑にいる者の性(さが)です(笑)」

 顔を見覚えられない相貌失認や、夢だと自覚しながら見る明晰夢などは、「これって自分のこと?」と思い当たる読者もいそう。

「第4話の彼が、自分に落ち度があるのではなく、世の中には相貌失認という症状があるのだと知ったことで楽になったように、知るって大事なことだと思います。自分が特殊だと知らないまま苦しんでいる人って実は多いのでは。そんな方にも届いたら嬉しいですね」

 最終話、主人公の少年は明晰夢という現象を使ってある場所からの脱出を試みる。現実逃避とも見える行動に隠された理由の切なさ。そして彼が真の“出口”に辿り着くラストは、圧倒的な希望に満ちている。

「どん詰まりに見えても、その先に道はある。トオリヌケキンシもきっと未来へつながっている。そんな思いを込めた本になりました」