書評

桐野文学の主題である「支配」の構造の最も純粋化された短編集

文: 白井 聡 (政治学者)

『奴隷小説』(桐野夏生 著)

 文字通りの奴隷状態を描き出しているもうひとつの作品が、「告白」である。モチーフとなっているのは、戦国時代末期から織豊政権時代にかけての日本を舞台とした人身売買(奴隷貿易)である。フランシスコ・ザビエルの来日以降、キリスト教の布教と並行しつつ、どのようなかたちで当時の日本人が人身売買の対象となっていったのかについては、歴史の知られざる一面として現在では注目を浴びているテーマである。豊臣秀吉によるバテレン追放令から徳川幕府によって鎖国政策が採用されるに至る際に、ヨーロッパ勢力による日本人の奴隷としての輸出を禁ずることが、重要な動機のひとつであったであろうことは、今日有力な説となりつつあると思われる。

 近世日本の権力が外国との交流を厳しく制限したことは、その後の日本文化と日本人の精神、ひいては日本文明のあり方の総体に対して重大な影響を及ぼした。幕末期になって覚醒され、近代的ナショナリズムへと編成されていった日本人の民族的一体性の意識は、近世社会においてすでにその潜在的な基盤が育まれていたはずなのだが、そのことと為政者による日本人の奴隷化の禁止がどう関係していたのかは、実に興味深い問題である。また逆に、「歴史のイフ」の想定、すなわち近世日本の権力者が奴隷貿易を許容し、海洋国家的発展を指向していたならば、「告白」に描かれた人々は数を増し、それら異郷の地で隷属にあえぎながらしかし生きる手段を求めたであろう人々が、どんな「日本民族」を、どんな「日本文明」をつくったであろうかということを、想像してみることも興味深い。そしてこうした反実仮想は、産業の崩壊が進み、経済的優位を決定的に失うなかで、海外出稼ぎや経済移民を強いられることになるかもしれない今後の日本人の運命を考える際に、示唆を与えるものとなるであろう。

 近代日本史の全体を見渡してみれば、「外国人労働者を受け入れるか否か」を議論している昨今の日本は、例外的な時代を生きているというべきであって、南北アメリカに大量の移民を送り出し、凍てついた満州に開拓団を送り出していた時代においては、「食えない日本人が外国に出て行く」ことが当たり前に行なわれていた。そんな時代の炭鉱労働村を舞台とするのが「ただセックスがしたいだけ」である。奴隷的な労働環境に置かれた者は、自らの欲望の奴隷となり、そのために破滅する。

 以上のように、ほとんどの作品が直接的な奴隷状態を描き出しているのに対して、異色のアプローチを採っているのが「神様男」であり、現代日本の田舎の母子家庭を舞台としている。二人の娘のうちの長女はアイドルになるために東京へ出て、母が必死に貯めたカネを食い潰して修行するが、芽は出ない。器量も要領も長女に勝っている次女は、成功しそうにない姉を冷ややかに見つつ、自分もアイドルになることを夢見る。母は、長女の成功を願いながらも、実際の活動の冴えない様子を見て、戸惑いを覚える。

奴隷小説桐野夏生

定価:本体570円+税発売日:2017年12月05日


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