- 2018.12.06
- インタビュー・対談
平凡で特別なことの起こらない、でも掛けがえのない人生を描く
宮下奈都
『羊と鋼の森』が〈ダ・ヴィンチ BOOK OF THE YEAR〉文庫部門〈1位〉に!
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
『羊と鋼の森』という小説は、高校の体育館でピアノと出会った主人公が、その音に魅せられ、やがて調律師としてピアノやピアニストたちを支えたいと願うようになる物語だ。そうして、いい音をめざしてコツコツと一歩一歩進んでいく。
こう書くと、なんというそっけなさだろう。そんな話がおもしろいのだろうか、と自分でも思う。運命的な部分があるとすれば、主人公がピアノと出会った場面だけかもしれない。ただ、著者として──読者としても──思うのは、小説というのは、あらすじには表せないものでできているということだ。そう考えると、私たちが生きていることとよく似ているのではないかと思えてくる。
私の人生はおもしろいだろうか。誰かの人生ならおもしろかっただろうか。
誰かに語って聞かせるには平凡で、特別なことの起こらない人生に見えても、人生の主人公にとっては掛けがえのないものだ。誰かと出会ったり、誰かと別れたりする、それだけでも一大事件なのだ。履歴書に書けば一枚の紙に収まってしまう人生が、ときに輝き、ときには曇り、嵐に遭い、また陽が差したりすることを私たちは知っている。小説というのも、そういうものなのではないかと思う。
主人公の外村は、調律師を目指すけれども、特別な才能に恵まれているわけではない。華やかな経歴も持たず、大きなチャンスをつかむわけでもない。そういう人が歩いていく物語だ。そういう人のことを書きたかったのだ。あらすじにしてしまうとどこがおもしろいのかわからないような人生や物語にも、花が咲き、実がなる。『羊と鋼の森』では実がなるところまでたどりつけなかったけれど。