- 2018.12.06
- インタビュー・対談
平凡で特別なことの起こらない、でも掛けがえのない人生を描く
宮下奈都
『羊と鋼の森』が〈ダ・ヴィンチ BOOK OF THE YEAR〉文庫部門〈1位〉に!
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
小説が巣立つまでには時間がかかる。『羊と鋼の森』に関していえば、まず、文芸誌で一年以上をかけて連載があり、書きあがってからまたじっくり時間をかけての加筆修正期間があり、それからようやく単行本になった。そのあと二年半ほど経って文庫になり、さらに時をおいて映画にもなった。
私の中にあるだけだったはずの森は、いつのまにか大きな森になった感じがする。もう私はすっかり森を離れて歩いていてもいい頃だろう。それなのに、私は、今も森にいる。正確にいうなら、森で迷っている。羊と鋼の森の中で迷っているのではなく、たぶん、また別の森だ。迷子の例にたがわず、森の全体をつかめない。自分が今どの森のどのあたりにいるのか、どれくらい歩けばひと休みできるやわらかな草地へ出られるのかさえわからない。もしかしたら、すっかり巣立って遠くなったと思っている羊と鋼の森からつながっている森なのかもしれない。
主人公外村の祖母は、「だいじょうぶだよ。あの子は、どんなに森で迷っても必ず帰ってきたから」といっていた。私もだいじょうぶだろうか。どんなに迷っても、帰れるのだろうか。願わくば、元いた場所に戻るのではなく、森を抜けて、どこか明るい陽の差す開けた場所へ出られますように。そう願うけれど、やっぱり自分が今どこにいて何を書いているのか、よくわからないのだ。(「週刊読書人」2018年8月3日掲載)
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