高校生は『くちなし』のどこに共感した? 高校生直木賞 前回受賞者・彩瀬まるさん講演会レポート(2)

高校生直木賞

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高校生は『くちなし』のどこに共感した? 高校生直木賞 前回受賞者・彩瀬まるさん講演会レポート(2)

文: 「オール讀物」編集部

第5回 高校生直木賞全国大会

『くちなし』(彩瀬まる 著)

――もう一ついきましょう。話の枠組みが決まっても、心理描写がうまく書けません。コツなどがあれば、教えてください。

彩瀬 心理描写がうまく書けないのは、書こうとしている人物に対して「この人はこういう人物だ」という核心を掴めていないからではないでしょうか。私の場合、この人物なら、こういう時にこういう行動や考え方をする、という核心を持てるところまでその登場人物に没入します。作者と登場人物を完全に切り離して書く人もたくさんいると思いますが、私が心理描写に迷う時は、その人物がどういう欲望を持っていて、どんな欠点を持っているか、何が得意で、代わりに何に対する配慮が足りないのか……こういうことを、なるべく生々しく信じられるところまで掘り下げていくようにしています。

――今日この場で話を聞いて、あらためて訊いてみたいこともあるかもしれませんね。質問がある方はいらっしゃいますか?

生徒A 「愛のスカート」は、恋愛が成就しなくてもいい、という話だと思いますが、どの時点をもって、成就と見なしているのですか。たとえば、結婚すれば成就ですか?

彩瀬 いや、そんなことはないと思います。

生徒A では、両思いの時点でしょうか。

彩瀬 いま質問してくださった方は、おそらく、質問の内容からして、形式では答えが出ないことだという予感を持っていると思うんです。まったくその通りで、逆に言うと、形式が伴ってなくても成就していることはあると思います。もしかしたら同性異性を問わないものかもしれないし、性愛の成就ではないかもしれないし、型にはめることのできない領域かもしれませんが、本人たち――それが2人か複数かもわからないですが――本人たちが喜びを持ってコミュニケーションできていれば、それが成就なんじゃないかなと、今、質問を受けて考えました。

生徒A 互いに成就したと認めれば、その時点で成就したということですか?

彩瀬    互いに認める必要もないかもしれないですね。自分が何かをごまかしたり、都合よく解釈したりすることをなるべく避けたうえで、相手とのコミュニケーションに喜びを感じていて、相手もコミュニケーションを喜んでくれていそうだっていう状態は、成就なんじゃないかなと私は思います。

生徒A    なるほど、ありがとうございます。

――この問題は、作品が完成するまで、彩瀬さんと何度も何度も議論しましたね。「愛のスカート」でも、男性が人妻に恋していて、誰も相思相愛という状態にはならないのですが、その関係性を彩瀬さんがいい形にしてくれて、読者からの反響も多かったところです。

彩瀬 これからどんどん、愛情に対する固定観念は変わっていくのではないかと感じています。そのほうがずっと楽しいような気がしますよね。

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