
- 2025.07.14
- インタビュー・対談
世の中の不条理や理不尽とは…柚月裕子『逃亡者は北へ向かう』
「オール讀物」編集部
第173回直木三十五賞、候補作家インタビュー #6
出典 : #文春オンライン
ジャンル :
#小説
,#エンタメ・ミステリ
〈日常に潜む狂気の扉を開く…夏木志朋『Nの逸脱』〉から続く
2025年7月16日、都内にて第173回直木三十五賞の選考会が開かれる。作家・柚月裕子氏に候補作『逃亡者は北へ向かう』(新潮社)について話を聞いた。(全6作の6作目/最初から読む)

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世の中の不条理や理不尽とは
「東日本大震災のあの日で止まったままの時があり、一方で、またそこから流れ始めた時もある。そんな〈ふたつの時間とふたりの自分〉を生きてきた気がします。震災の体験をもとに、作家として今の自分に何が書き残せるのだろうかとの思いが常にありました」
自身も震災による津波で、実家の両親を喪った柚月裕子さん。あの日の痛みと真摯に向き合いながら執筆を続けた今回の候補作は、大震災発生直後の東北を舞台に、殺人を犯したある青年の逃亡劇だ。
主人公の真柴亮は、町工場の工員として働く二十二歳。彼は、同僚と行ったクラブで、半グレとの喧嘩に巻き込まれ勾留されてしまう。だが、直後発生した震災により処分保留で釈放されることに。
「作品の構想は十年以上前からありましたが、自分が思っていた以上にメンタル的につらい部分があり、物語を冷静に俯瞰することが難しかったですね。そんな中、震災から八年後に訪れた岩手県の釜石市で、成人式を迎える若者たちの笑顔に触れたんです。私も前を向いて歩き出さなければと、執筆する背中を押してもらえました」
真柴は、ある一通の手紙を手に、北へ向かおうとするが、ひょんなことから半グレの仲間や巡回中の警官を殺してしまい、追われる身となってしまう。その途中、家族とはぐれたらしき直人という子供と出会って――。
「私がこれまで一貫して取り上げてきた小説のテーマには、世の中の不条理や理不尽があります。震災のなかにそれが現れていると痛感しました。震災を通して自分が何を考え、感じたかを描きたかった。自分が表現したいものを主人公の真柴に託しました」
作中には、津波や遺体安置所の生々しい描写がある一方で、真柴を追う刑事・陣内康介にも、柚月さんの思いが詰まっている。陣内は、震災で一人娘が行方不明となっていた。妻とともに娘の捜索に向かいたいものの、真柴を追うという職務との間で懊悩することに……。
「人にはそれぞれの役割があります。今ここで自分は何をすべきかを考えなければいけないことを震災から学びました。けれども実行するのって難しいことなんですよね。そんな葛藤を陣内という人物を通して描きました」
幼い直人を連れて逃亡を続ける真柴は、一体どんな秘密を抱えているのか。陣内はそんな彼の不幸な生い立ちを調べあげ、事件の解決の糸口を探っていくことになる。
過酷な運命に翻弄された二人が、最後に導きだした答えとは――。
柚月裕子(ゆづき・ゆうこ)
1968年岩手県生まれ。2008年『臨床真理』で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。13年『検事の本懐』で大藪春彦賞、16年『孤狼の血』で日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)を受賞。他の著書に『慈雨』『盤上の向日葵』『ミカエルの鼓動』『教誨』『風に立つ』『あしたの君へ』『朽ちないサクラ』『暴虎の牙』など多数。
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