大人がハマるファンタジー「八咫烏シリーズ」が特別なわけ

作家の書き出し

作家の書き出し

大人がハマるファンタジー「八咫烏シリーズ」が特別なわけ

インタビュー・構成: 瀧井 朝世

阿部智里インタビュー(前編)

登場人物の生き死には、本人のプレゼン次第

――『空棺の烏』で雪哉と一緒に、武官の養成所にあたる「勁草院」にいた千早が意外なところで出てくる。彼が重要人物になるとは決まっていたんですか。阿部さんは登場人物たちと「脳内会議」をしながら話を組み立てられると以前仰っていましたが。

阿部 第1部で千早を殺せなかったので、たぶん何か大きな役目があるんだろうなとは思っていました。前よりおしゃべりになっていますが、彼もいろいろあったんですよ。今でも「めんどくせえな」となったら黙りこくって「お前が説明しろや」となるので、ちょっと片鱗は残っていますけれど。

――途中から物語の中での登場人物の役割が変わっていくわけですね。そういえば第1部の時も、最初、雪哉がここまで中心人物になるとは思っていなかったそうですね。

阿部 最初は死にかけるモブの一人に雪哉という名前をつけただけだったんですが、名前がやたらと印象に残って、「こいつ、もしかしたら主役を張れるキャラなのでは」と気づいた結果、こうなりました。

「八咫烏シリーズ」に登場する雪哉らが腰に帯びている刀「珂仗」の動きを、自ら購入した玩具刀で実際に試される阿部さん。

――それでいうと第1部の明留も、重要視してなかったのに、脳内で阿部さんに直談判しにきたんでしたっけ。

阿部 そうです、この子はコンプレックスをこじらせて中ボスくらいになって負けていくキャラかなと思っていたんですけれども、本人が思ったよりも素直で「この役割はもうやめたいです」って言われちゃったんで、「思ったよりもいい子だったんだな」と思って、「じゃあ、仕方ない、やめるか」「はい!」となって役割を変えました。

――千早も脳内会議があったんですか。

阿部 あいつはあんまり来ないんですよ。好き勝手に生きているから。何かやる時に呼び出して話しますけれど、あんまりお願いとかしてこない。黙って「俺をこういうことにしたからには分かってるだろうな」みたいな圧をかけてくる感じです。治真なんかも似たような経緯をたどったんですけれど、千早と違うのは、治真の場合は自分で無理やり生き残る道を獲得していったんです。自分の生き死にがかかっている場面でリクルートスーツにパワポを携えてやってきて、「本日はありがとうございます」から始まって、チャートを出して「あなたが今悩んでいらっしゃる僕の生き死に、今後の展開で僕が生きている場合と死んでいる場合のデメリットとメリットはこうです」と全部説明され、「さあ、僕の生き死にはどうなります?」と訊かれて「生かすね」となって、「ありがとうございます。それでは失礼いたします」と言ってすっと去っていきました。

――リクルートスーツを着てたんですか(笑)。

阿部 実際、第1部との釣り合いから考えて、第2部であの役割が務まるのは治真だけなんですよね。代替となる人物がいない。それを本人がプレゼンしたので「じゃあ生き残らせるしかないな」となりました。

――キャラクターの自己主張で生き死にが決まるとは。それにしても『楽園の烏』の終盤でも、「えっ、そういうことなの?」と驚くことがいっぱいあって、まだまだ第2部の全貌が見えません。

阿部 全貌が見えない状態で一作のエンタメとして成立させるために苦心した3年間だった気がします。「ヒント出し過ぎかな」とか「このくらいは出しておくか」みたいな感じで。

別冊文藝春秋 電子版34号(2020年11月号)文藝春秋・編

発売日:2020年10月20日

楽園の烏阿部智里

定価:1,650円(税込)発売日:2020年09月03日