高校時代にこんな本を読んできた/米澤穂信

高校生直木賞

高校生直木賞

高校時代にこんな本を読んできた/米澤穂信

文: 米澤 穂信

第9回高校生直木賞候補者たちによる青春時代の読書の旅

第9回高校生直木賞候補作 米澤穂信『黒牢城』(KADOKAWA)

空白地帯

高校では弓道部に所属していて、授業が終わると、自転車で二十分ほどかかる弓道場に向かうのが常だった。私の高校は決して強豪校ではなかったが、その頃実績を伸ばし、私の年代では県大会、あわよくばインターハイまでを狙おうという勢いだった。弓の練習をした記憶はあるが、果して本は読んだだろうか。


吉川英治の『三国志』、ミヒャエル・エンデ『はてしない物語』は小学生の時に読んだ。綾辻行人『十角館の殺人』、ダニエル・キイス『アルジャーノンに花束を』、マイクル・ムアコック『ストームブリンガー』は中学生の時だ。一心に小説を読み始めたのは、大学に入ってからのこと。高校時代は、私の読書の空白地帯なのだ。

ただそれでも、部活の帰り道、毎日のように書店に通ったことは憶えている。いったい何を求めていたのかわからないけれど、とっぷりと日が暮れた中、書店の明かりに誘われてドアをくぐった思い出は、いまでも私の胸の奥をあたたかくする。読んだ本も、一冊も憶えていないわけではない。スティーヴン・キング『死のロングウォーク』がおそろしくて手元に置けずに立ち読みし、読んでしまったからには対価を払わねばと後日購入したことは、よく憶えている。記憶を掘り返せば、マイクル・クライトン『アンドロメダ病原体』やリチャード・プレストン『ホット・ゾーン』、ウィリアム・L・デアンドリア『ホッグ連続殺人』は、どうも高校生の時だった気がする。学校の図書室にリクエストして『東方見聞録』を読んだのも、高校での話ではなかったか。『水滸伝』はどうだったか……高校でも不思議はないけれど、確信はない。

部活に傾倒していたこともあるが、当時私は、読むよりもむしろ書いていた。飛び方を研究するより先にまず飛ぼうと試み、その足が離れた瞬間が、私の場合高校時代だったのかもしれないと思う。


 こちらもおすすめ
コラム・エッセイ第166回直木賞 米澤穂信『黒牢城』<受賞のことば>(2022.07.11)
高校生直木賞[第9回 高校生直木賞全国大会レポート]“危機の時代”の高校生直木賞(2022.06.21)
インタビュー・対談祝・直木賞受賞記念 12年前の「CREA」豪華座談会を特別公開! 辻村深月×道尾秀介×米澤穂信(2022.02.21)
特集祝! 第166回直木賞受賞『黒牢城(こくろうじょう)』――米澤穂信さんインタビュー・記事まとめ(2022.01.19)
インタビュー・対談直木賞候補作家インタビュー「戦国のドラマと謎解きは両立するか」――米澤穂信(2022.01.17)
書評現代の地方のリアルな現実を映し出しつつ、ミステリの骨格を際立たせてくれた(2022.09.08)