- 2022.01.17
- インタビュー・対談
直木賞候補作家インタビュー「戦国のドラマと謎解きは両立するか」――米澤穂信
インタビュー・構成:「オール讀物」編集部
第166回直木賞候補作『黒牢城(こくろうじょう)』
米澤さんの候補作は、著者初の戦国歴史小説でありながら本格ミステリでもあるという、挑戦的な力作である。
時は、本能寺の変を四年後に控える天正6年。毛利攻めの最中、突如として信長に叛逆し、有岡城にたて籠った戦国の梟雄(きょうゆう)、荒木村重が主人公だ。
その村重を悩ませるのは、迫りくる信長軍の重圧ばかりではなかった。悪化する戦況下、なぜか城内では不可解な事件が続発するのである。
たとえば、納戸に軟禁していた人質が、矢傷を負った死体となって発見されるが、現場に面する庭の雪には足跡ひとつない(「第1章 雪夜灯籠」)。あるいは、尋常な顔つきだったはずの若武者の“首”が、一夜にして凶相に変わる(「第2章 花影手柄」)……。
折しも、秀吉麾下の軍師・黒田官兵衛が、村重を翻意させるべく有岡城を訪れ、説得に失敗、土牢に囚われていた。村重はこの天才の知恵を借り、事件の謎を解くことになるのだが――。
「昔から歴史が好きで、いつの日か、有岡城の地下に幽閉された黒田官兵衛が謎解きをするミステリを書いてみたい、と思っていました」
物語は、官兵衛が囚われる天正6年10月から、村重が城を抜け出し、落城する翌年11月までを描く。
「山田風太郎が歴史を扱う時、史料に書かれていない“余白”を最大限に膨らませます。私も風太郎のひそみに倣い、官兵衛が幽閉される物語の入口と、城が落ちるという出口の史実はゆるがせにしないで、その間の空白の一年、史料の残っていない有岡城内で、想像力を駆使しました」
とはいえ、雪の密室、アリバイ崩し……と、米澤さんの得意とする謎解き世界は、そのスケールが大きくなればなるほど、歴史小説のリアリズムとはなじまないようにも思える。この難題をクリアする、著者ならではの“探偵役をとりまく状況の描き方”にこそ、本書最大の凄みがあるのではないか。
「戦国武将であり、信長と対峙している村重には、本来、奇妙な事件の推理などにかまけている余裕はないはずです。なのに、なぜ村重は、自らが牢屋に入れた黒田官兵衛に助けを求めてまで、謎を解決してみせなければならなかったのか。そこには、村重が謎解きへと追いつめられていく有岡城内の“空気”が存在したはず。そしてその“空気”を描くことは、すなわち戦国時代特有の風俗や倫理、人間を描くことですから、とても楽しい作業でした。
歴史小説と本格ミステリとは、小説の名の下に同じ表現でもって両立しうるはずです。新しい試みを、楽しんでいただけたら嬉しいです」
米澤穂信(よねざわほのぶ)
1978年岐阜県生まれ。2001年『氷菓』でデビュー。『折れた竜骨』で日本推理作家協会賞、『満願』で山本周五郎賞を受賞。近著に『Iの悲劇』など。
第166回直木三十五賞選考会は2022年1月19日(水)に行われ、当日発表されます。