- 2025.01.24
- CREA
樹木希林は自我が強すぎる人のためのロールモデル? 歌人とラッパーが考える“モンスター”のままで生きる方法
文=ライフスタイル出版部
撮影=平松市聖
上坂あゆ美&valknee対談【後篇】
初めての対談が実現した、歌人・エッセイストの上坂あゆ美さんと、ラッパーのvalknee(バルニー)さん。上坂さんのエッセイ集『地球と書いて〈ほし〉って読むな』をvalkneeさんはどのように読んだのでしょうか? そして「このクソみたいな世界」でネガティブな感情と向き合わざるを得ないとき、なるべく自分に正直でいるための対処法とは?
“沼津のアリアナ・グランデ”を私は許せない!
valknee まずは『老モテ(上坂の第一歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』)』の副読本として、(『地球と書いて~』は)最強な感じじゃない? 単品でももちろんどっちも面白いけど、両方読んだ人がもっと楽しめる本なのかなって思った。
一番記憶に残ったのは“沼津のアリアナ・グランデ”(笑)。上坂さんのお姉さまの話。人の家族のことをこんな風に言うのは良くないかもしれないけど、沼津のアリアナ・グランデのことを私は許せない!
上坂 なんで?
valknee こんなことをされていたら、私だったらもっと呪う。上坂さんはめっちゃ格好良くって、さらっと「好きではないけど、多感な時期だし、まあそういうこともあるでしょう」みたいな感じで書いてたけど。
上坂 いや、(姉のこと)めっちゃ嫌い。
valknee (笑)。私は、結構しつこいタイプ。嫌だったことをめちゃくちゃ思い出したりするし、「クソ、やってやる」って思う。
上坂 そこは私たち似てるなって思う。20代、30代になると、思春期より怒りが減ってくるじゃん? こんなに新鮮に怒れるのは、姉のことぐらいかもって思うもん。人格にめっちゃ影響を受けたし、未だに「ふざけるな」って新鮮に思える人ってなかなかいない。
valknee そういえば「よりすな(上坂のPodcast番組「私より先に丁寧に暮らすな」)」で話してたけど、お姉さんが急にMBTIを聞いてきたんだよね?
上坂 真面目な話し合いをしたいと呼び出された場で、開口一番に「てかMBTI何?」って聞かれて。「マジで嫌いだなー」って思った。
“嫌い”を自分の燃料にする
valknee 友達と話してても、「まあなんか悪役にもいろいろ事情がありますよ」「根っからの悪人なんかいないんですよ」っていう説が広まってるなと思うんだけど、私の中では悪は存在する。悪を憎む気持ちがすごくある。
上坂 確かに。
valknee 友達に「バルニーは人を嫌いになりたいんじゃない?」「“嫌い”を自分の燃料にしたいから、わざと嫌いって思い込んでるんじゃないか」って指摘されたことがあって。
本の中で、上坂さんの箸の持ち方を指摘してきた人がいたけど、悪気なかったじゃん。だけど、私は悪気はなかったっていう確認までしないで、「こいつは私に喧嘩を売ってきた。私を下に見ている」ってどんどん人を嫌いになるタイプ。本の中のいくつかのエピソードが、自分のそういう部分と重なった。
上坂 今の「自分の燃料にしたいから人をわざと嫌ってるんじゃないか」っていうの、めっちゃハッとするね。怖いね!
valknee 誰かが一回でもミスをしたら、二回目、三回目は見てあげないところが私にはあって。
上坂 そうなんだ……気をつけよう。
valknee いや、大丈夫。上坂さんのレベルじゃなくて、もっと明らかに失礼な場合だから。ものづくりに敬意がないタイプの人とかに、「こいつはクソだ。呪ってやる」って思っちゃうタイプ。
“表口”で説教する人&“悪口人間”
valknee あと、私、悪口めっちゃ言う。
上坂 偏ってるのはわかってるんだけど、私は本人に言いたくなる。
valknee 素晴らしいじゃない。「それ失礼ですよ」みたいな?
上坂 っていうか説教。
valknee すごいな(笑)。
上坂 「裏でコソコソ言うのは良くない」とか「思ってることあるなら言え」っていう方針の家で育ったから、陰口があんまり得意じゃなくて。そうすると、「あいつめっちゃムカつく」って思った時にはもう“表口”しかないじゃん。それで、「表で言おう」ってなった結果、バチ揉めたりとか、 SNSで悪口書かれたりとか。
valknee こっちは“表”で言ってんのに、向こうはSNSになっちゃうわけ?
上坂 みんなには表口の概念がないからしょうがないよね。バルニーちゃんと私は、人との距離感は違うなと思う。
valknee そうだね。私は“悪口人間”だから。
上坂 「悪口人間であることを表で言う」って人なんだね、なるほどね。
消去法でたどり着いたロールモデル・樹木希林
valknee あとは、樹木希林のところかな。「自我を発揮したままで生きていける道を探す」っていう上坂さんの目標に共感した。
最近、自分の中で「モンスター化」っていうテーマがあって。自分の中にある、社会との折り合いとか、大人になるために身につけていったものをどんどん外していく。私は社会的であることもできちゃうけど、そのせいで内面はすごくストレスを受けてたり、例えば“悪口人間”である自分との乖離が生まれたりする。
だから、全部を外すまではいかなくても、もうちょっと本当の自分をオープンにするというか。自分がモンスターであることをなるべく隠さない。
上坂 「わがままだったり、悪口言っちゃう人間だったりする部分を隠さないで生きよう」みたいなこと?
valknee そうかも。もともと私は「これは無理、嫌い」とか言う方ではあったと思うけど、もう一段階言ってもいいなと。それで周囲の人に引かれたり、距離を取られても、受け入れようっていう感じ。最近のそういうモードと、上坂さんの「“樹木希林ナイズド”していきたい」っていう部分が繋がった。
上坂 私が樹木希林さんを目指しているというか、目指さざるを得なくなってるのは、自分の中にある自我が強すぎるからなんだけど、消去法で樹木希林さんなの。本当はもっと自己主張よりも他人を大事にしたりとか、みんなとうまくやれる人に最初は憧れたけど、それが無理すぎてたどり着いたのが樹木希林さんだった。
一周して、MBTIはちょっと面白い
上坂 バルニーちゃんも自我強いよね?
valknee すごい強いと思うけど、折り合いをつけて、社会的にやろうと思えばできる人というか、そうなろうと努めた。けど、過去を振り返ってみると、喧嘩した人がめちゃくちゃ多いし、離れていった人もいっぱいいるなって思うけど。
上坂 私はやろうと思ってもできないけど、バルニーちゃんはやろうと思えばできちゃうから、そういう悩みがあるんだろうね。
valknee 人と長時間いると、如実に体調にも出てきて、具合が悪くなって寝込む。「じゃあ、やんなければいいじゃん」っていうのが「モンスター化」っていうことなのかな。
上坂 なるほどね。じゃあ「モンスター化」っていうのはいい意味なんだね。
valknee 自分にとってはね。正直になりたいから。あと、屁理屈というか、理屈が通ってない感情を言ってもOKにした。友達に「それは矛盾してるじゃん」とか言われるようなことでも、自分の中では全然OKっていうことにした。
上坂 いい子でいすぎない。めっちゃいいと思う。
この本(『地球と書いて〈ほし〉って読むな』)は、私の考えを超具体的に書いてるからこそ、「この部分は私とは違うな」とか「私の場合はこうだな」っていうふうに読んでくださっている感想が多い。すごく嬉しいなと思いつつ、「これってほぼMBTIじゃね?」って(笑)。
valknee (笑)
上坂 結局、私は自分の人となりをもっと知りたいし、みんなのも知りたいから、実はMBTIにハマる気質がめっちゃあるってことを、感想を読んでいて思います。
valknee MBTIってなんかキモいと思ったけど、やっぱちょっと面白いんだよね。一周目の流行で斜に構えてた奴が、一周回って今ハマるタイミングらしい。
上坂 完全にそう。MBTIに限らず、バイブス合う人と喋るのは楽しい。バイブス合わない奴、さっきバルニーちゃんが言ってたものづくりに敬意がないタイプの人とかは、本当に口を開くなって感じですけど。
上坂あゆ美(うえさか・あゆみ)
1991年、静岡県生まれ。2022年に第一歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』(書肆侃侃房)でデビュー。Podcast番組『私より先に丁寧に暮らすな』パーソナリティ。短歌のみならずエッセイ、ラジオ、演劇など幅広く活動。
valknee(バルニー)
ラッパー、アーティスト。東京を拠点に活動中。Zoomgalsとしての活動やAbema TVから配信された「ラップスタア誕生2023」への出演、和田彩花、REIRIE、lyrical schoolらアイドルへの楽曲提供など活動の幅を広げる。2024年4月に1stアルバム「Ordinary」をリリース。
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