『週刊文春WOMAN』創刊5周年と創刊号から続いた内田也哉子さんによる連載エッセイをまとめた『BLANK PAGE 空っぽを満たす旅』(文藝春秋)の刊行を記念し2024年1月22日、東京・新宿紀伊國屋ホールに内田也哉子さんとエッセイに登場した小泉今日子さんを迎え、トークイベントが開催された。
テーマは「人生に訪れる喪失と、人と出会うことについて」。連載開始と前後して母・樹木希林さんと父・内田裕也さんを喪った内田さん、2年前に母を見送った小泉さんが人生に訪れる別れとどう向き合ったか、そして人と出会い、その出会いをどうやって育んでいるか、赤裸々に語り合った。その一部を抜粋、編集して紹介する。
まずは、29年前の小泉さんと内田さんの出会いから──。
19歳と29歳、夫・本木雅弘を通じてパリで出会った
内田 初めてお会いしたときのこと、覚えています?
小泉 私が結婚した頃よね。(会場に向かって)私、結婚したことがあるんです。
会場 (笑)。
内田 私たちは同じ年に結婚しています。今日子さんが1995年の2月で、うちが7月。
小泉 ちょうどその頃、本木さんと私の元旦那さんがヨウジヤマモトさんのパリコレに出ることになって、そこで初めて会ったんだよね。也哉ちゃんがまだ19歳、私は本木さんと同級生だから29歳でした。
内田 私はテレビがない家で育ったものだから、夫のアイドル時代も知らないし、日本中で知らない人はいないという今日子さんのこともよく存じ上げなかった。だからひとりの女性として出会えたわけです。
小泉 それがうれしかったです。
内田 私にとっても幸運でした。緊張することもなくお話ししたり、一緒にショーのリハーサルを観たりすることができましたから。今日子さんと本木は同期生でもあるから長いお付き合いなんですね。
小泉 歌手デビューが2人とも1982年で、レギュラー番組が一緒だったからしょっちゅう顔を合わせていました。「お化粧道具を忘れたから貸して」、「ああどうぞ」と気軽に言い合える、まるで女友だち(笑)。
成長していくにつれ、「こんな映画を観たよ」、「こういうミュージシャンがいるよ」、「世界って広いよね」と話せる唯一の友だちになりました。2人とも日本にいるとちょっと窮屈で、外に出たい、世界を見たいと志向していたから、本木さんから「今インドにいます」というハガキが届いたりしました(笑)。ずっとそうやって、付かず離れずの友だちですね。
内田 今日出かける前に、本木に小泉さんとの思い出を聞いてみたんです。20代のときに初めて連続ドラマで恋人を演じたことがあったそうですね(「あなただけ見えない」1992年、フジテレビ系)。そのときに、若いのに上からモノを言うようなスタッフさんがいて、本木も「なんか危ういな」と思っていたんだそうです。
すると今日子さんがスパーンと、「あなた、そんなふうに何でもわかったように思っていたらダメよ。足を掬われるわよ」と注意したんですって。
小泉 覚えてないけど、言ったんでしょう(笑)。
内田 モノを作る者同士として言うべきことは言う。自分が不愉快だからではなく、相手が大失態を起こしてからでは遅いから言うんですよね。つまり相手に寄り添って注意する。本木は「かっこいいな」と羨望の目で見ていたんですって。
「生まれもって覚悟が……」樹木希林による小泉今日子評
小泉 お父様の内田裕也さんとは、崔洋一さんの初監督作品であり私にとっては映画デビューであった『十階のモスキート』(1983年)でお会いしているし、お母様の樹木さんとはテレビドラマ『女の一生』(1985年、テレビ朝日系)で共演させていただきました。
内田 母は折に触れて今日子さんを見てきて、「誰に対峙しても、どんな状況でも自分の態度を変えないっていうことは、きっと生まれもってそういう覚悟が備わっている人なんだね」と言っていました。本当に生まれたときからそういう人だったんですか? なんて生まれたときのことをご本人に聞いてもね(笑)。
小泉 親やきょうだいに言わせると、そんな子だったみたいです。ひとりで自分の世界を生きたいんだっていうところがあったそうです。
内田 常に状況を俯瞰して見ているところがありませんか。
小泉 私は3人姉妹の末っ子だから5人家族の中に最後に遅れて入ったんですよね。もう、なにかでき上がっているなあっていう感じで。
内田 そこにどうフィット・インしようかと(笑)。
小泉 そうそう。様子見してちゃんと動かないと次姉に怒られちゃう。長姉は8歳上だったので年少者に対して優しかったけど、次姉とは2歳しか違わないから、父親と2人でふざけ合っていると「お父さんが甘やかすからこんな子になるんだよ」とか言われて。
内田 厳しめのお姉ちゃんですね。
小泉 今はすごく仲がよくて、対等に付き合える関係です。
母が新しい恋を始め、娘との間に生まれた“わだかまり”
内田 きょうだいがいないからわからないんですけど、そういうパワーバランスというのは何歳ぐらいから変わるんですか。
小泉 姉も結婚して家庭を築いたり、私も自立したり、2人とも自分の足で人生を歩き始めた頃にはお互いを認め合えていたように思います。
内田 お母様との関係は、3姉妹それぞれ違いましたか。
小泉 長姉は母のことをすごく“お母さん”として慕い、そこに母親の理想像を求めていたんだと思います。両親が離婚し、母が新しい恋を始めた頃から、ゆっくりゆっくり2人が仲悪くなっていったのね。
内田 まあ……。
小泉 見ていて切なかった。すごくお互いを求め合っているのに素直になれない。ずっとそのわだかまりが解けないまま、姉のほうが先に逝ってしまいました。
母は、母自身が自分の母親と悲しい別れ方をしてしまったから、その母親を想って時々泣いたんですよ。次姉はすごく現実的な人だから母にケーキを買ってきたり、どこかに連れて行ってあげたりしていました。私は明け方まで喋ったり、母の悩みを聞いてアドバイスしたり、桃をむいてあげたり、まるで私のほうが母を育てているようでした。
「なぜ別れないでいるの?」と母・樹木希林に問いただした
内田 私はいわゆる優しいお母さんらしいことをしてもらった記憶がありません。母はたまにしか現れない父のことをすごく敬う。思春期になるとそれがなんだか嘘っぽく思えてきた。
怖いから母に反抗まではできなかったけれど、「なぜあんな人とずっと別れないでいるの?」と問いただすことはしたんです。そのとき、対等のひとりの人間として私に応えたのだと思います。「どんなに破天荒でもひとかけら純なものがあるから」と。
母は若い頃の1度目の結婚で穏やかな日常を得て、その日常を5年間続けたら、自分のメラメラと燃えたぎるマグマのようなものをぶつけたくなって、幸せな夫婦関係を解消してしまった。
その後、ブラックホールのような虚無感に襲われたけれど、内田裕也という嵐が向こうからやって来たときに、このカオスのような男を自分の人生に取り込んだら、虚無感に苛まれずに済むのではないかと思った。つまり、母は父を利用したというんです。だから始めたものは続けていこうと、自分に誓ったんでしょうね。
小泉 きっと途中で気づいたんでしょう。自分の罪だと感じたとき、これは貫かなければいけない。手を離したらもっといけないものが残ると思ったのではないでしょうか。
内田 そうですね。私は母に甘えることはできなかったけど、自分の生き方について逃げずに話してくれたということが、私と母との唯一の繋がりだったと思います。
内田也哉子が恋愛について、小泉今日子に聞きたかったこと
内田 今日子さんにぜひ伺いたかったことがあって、このように大勢の皆さんの前で聞くことではないとは承知しつつも、抑え切れず(笑)。私は15歳で本木と出会ったから、いわば初恋の相手みたいな人と結婚して、28年以上夫婦でいるわけです。一方、今日子さんはたくさん恋愛されていると思われ……。
小泉 本木さんにも同じようなことを言われましたよ(笑)。
内田 私は夫婦喧嘩して「もう、別れるかもしれない」と母にこぼすと、「相手を変えても何一つ変わらないわよ」と言われたの。
小泉 すごくわかる。
内田 あ、それを伺いたかったんです。恋愛経験豊富な今日子さん、そういう実感がありますか。
小泉 それを実践してしまった感じです(笑)。悪いのは自分なのよ、相手じゃなかったのね、ごめんなさい、って思っています。
会場 (笑)。
内田 他者との共同生活にはもうあまり興味がないですか。
小泉 もともと無理みたい。女性は家庭を守るためにいそいそ働いて、みたいなドラマをたくさん観ていたから、自分でもできると思いたかったけど、この人じゃ無理だったな、この人でも無理だとやっていくうちに、あ、できないのは自分なんだとわかりました。
でも樹木さんと対談したときに私へのアドバイスとして、「あのね、愛する人と手を繋ぐとか、体が触れ合うとか、そういうことをしてほしい。私はそれをしなかったから病気になった気がするの」っておっしゃったんですよ。
内田 ああ、それは本当に母の心からの声ですね。
小泉 確かに、自分の心を柔らかくすることって人と関わることでしかできない気がします。なかなか私にはできないんですが、でも樹木さんのこの言葉を胸に刻んで生きていきます。
そして裕也さんとは共演させていただいたのは16歳のときでしたが、十数年後、下北沢で裕也さんがご自身が主催するNew Year Rock Festivalのチラシを配っていて、たまたま本多劇場で私が舞台をやっていると耳にしたようなんです。楽屋に送り主不明のシャンパンが届いたの。のし紙に「ロッケンロール」って書かれてありました。
会場 (笑)。
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