書評

世界を虜にするピアニストを育てた
奇跡の12年間

文: 三枝 成彰 (作曲家・音楽プロデューサー)

『辻井伸行 奇跡の音色 恩師との12年間』 (神原一光 著)

 辻井伸行くんは、2009年のヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクールで日本人初の優勝を果たしました。20歳、全盲の青年の快挙が大きな話題になりましたね。以来、ピアニストとして彼の活躍は続いています。

 僕がはじめて辻井君の演奏を聴いたのは彼がまだ9歳の時。あるコンサート会場でした。と言っても辻井君は出演者だったわけではなく、コンサート終演後に僕が「舞台で弾いてみてごらん」って勧めて、故・羽田健太郎さんや、他の人と一緒に聴かせてもらったんです。いや、とても上手な子だなと思ったし、なにより素直で明るくて、やる気にあふれていました。

 これは応援しなきゃ、ということでテレビ関係者に「絶対この子を今後追いかけといたほうがいいよ」って紹介して、そこから報道の特集番組に彼が出演したり、密着ドキュメント番組が作られたりしたので、テレビで彼の存在を知った人も多かったんじゃないかな。

 12歳、13歳でのソロリサイタルもうちの事務所が主催して開きましたし、14歳の時にはショパンコンクールに挑戦したいと言うので、それならオーケストラと弾く体験が必要だろう、と、東京交響楽団との共演コンサートも企画しました。この時のモーツァルトのピアノ協奏曲は本当に素晴らしかったですよ。今でも思い出します。

 ですから、今24歳の辻井伸行が演奏家としてどんな風に歩んできたのか、僕は良く知っているわけですが、この本を読んで「そうだったのか」と驚くことがいくつもありました。

 プロのピアニストを目指す人が1人の先生に長期間習うことは珍しいのですが、辻井君は、6歳から19歳までの12年間、東京音楽大学の川上昌裕さんという方に教わっていたんです。もちろん僕もそのことは知っていました。しかし、その12年間が実際どのようなものだったか、川上先生が辻井君に何を教えたのか……国際的にも絶賛される辻井伸行の「音色」を作り上げた恩師として川上先生をクローズアップしたのが、2010年に放映されたNHK番組「こころの遺伝子」で、この本は番組の取材をもとに書き下ろされたんです。

【次ページ】「人を育てる」ということ

辻井伸行 奇跡の音色

神原一光・著

定価:610円(税込) 発売日:2013年04月10日

詳しい内容はこちら