だれのともしれない汗のしみ脂粉のにおいに重くしめったふりそでも,ふりそでなりには気をひきたてて,しかしまたひきたたせたいとおもうくらいにはめいって,出を待つほこりまみれの通路に手じな師が持ちこんだ鵞鳥の檻があり,うごくものを見ている気のまぎれに,耳はぶたいのすすみぐあいをとらえつづけながらいくらかこころうつけていると,身がるな影が立って,歌城(うたしろ)であった.よせあつめられた芸人たちがてんでのあわただしさに揉みあうぶたいうらのなまぐささに,階を駆けあがってきた黒づくめの痩身は涼しかった.
鵞鳥に目をとめて私と並び,なにに使うのだろうと気らくにつぶやくのも涼しく,なかばはくやしく,手じなで,にせの首をくびられてにせの死を死ぬようだと,前の回の見かじりを手まねしてみせた.なぜ歌城(うたしろ)とかわすはじめてのことばが,そしてもしかしたら一どだけかもしれないことばが,こんなよしなしごとでなければならないのかと,おかしいような,はりあいぬけしてみょうに優しいような気ぶんだった.声をたててわらうと,歌城(うたしろ)はたちまち事務室の方向へ身をひるがえしていた.
がくやぐちから入って絵かんばんも見ずわすれていたが,夜はここで歌城(うたしろ)の書いた芝居を打っているのだったとおもいあたり,それでがてんのいく大どうぐを来るとすぐ目にはしていた.栄えている遠い歌城(うたしろ)とおもいながらふりそでを身づくろった.
プレゼント
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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