南氷洋は時化ていて当たり前――「吠える40度」と称される南緯40度、「悲鳴の50度」と称される南緯50度の暴風雨が吹き荒れる海域が漁場となる。キャッチャーボートに追い回され仕留められた鯨は、母船の甲板で解体される。割り当てられたイワシ鯨の捕獲頭数を達成した捕鯨船団は、漁をナガス鯨に切り替え、さらに南下を始めた。
源蔵は、時折、敏雄と話し込んだ。船の生活を「小林多喜二を思い出しますよ」という。
皮肉っぽい言い方を黙って聞いているのは、敏雄の姿に、息子の秀俊を被せているからだ。
事故が起きた。作業中に横波を受けて魚体が揺れ、ワイヤーがはずれて事業員の一人を直撃したのだ。即死だった。不可抗力の事故だが、事故原因の当事者の一人に敏雄の名があった。水葬される遺体に悄然として肩を落とす敏雄。
このあたりから、物語は急展開する。キャッチャーボート第三栄潮丸の機関長が急病となり、源蔵が代わりを務めることになった。欠員の出た甲板部員に敏雄を指名。二人は母船から第三栄潮丸に転船した。
キャッチャーボートは船団の最前線にいて鯨を追い狩ることを目的とする船だ。総員22名。漁は順調に進んだが、天候が崩れた。操業停止となったある日、プロペラがなにかを巻きこみ、エンジンが停止した。推力を失いコントロールのきかない状態で、荒海を漂流する第三栄潮丸。発電機も止まり、零下の外気に晒された船は、発達するパックアイスに挟まれて氷漬けになっていく。
絶体絶命の危機的状況。22名に助かる道は残されているのか。遺書を書いている敏雄を源蔵が諭すシーンがある。
「あのな、一つ教えてやる。死神はな、弱いものに取り憑くんだ。一歩前に進めば、それだけ生還に近づく。自分一人の命じゃない。俺がへこたれれば、仲間を危険に晒すと考えるんだ。この脱出行も、船の仕事と同じなんだよ。生き延びることが、仕事であり、君に課せられた義務なんだ」
――生きることとはなにか、働くということとはなにか。ストレートに問いかけてくる長さを感じさせない長編小説である。
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