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名監督の女房役・宮川一夫の映画カメラマン一代

名監督の女房役・宮川一夫の映画カメラマン一代

文・写真:「文藝春秋」写真資料部


ジャンル : #ノンフィクション

 日本を代表する映画カメラマン、宮川一夫は、明治四十一年(一九〇八年)、京都市生まれ。本名宮川一雄。映画制作者として名をはせたマキノ雅弘とは小学校の同級生だった。

 京都商業(現在の京都学園高校)卒業後、十七歳で日活京都の大将軍撮影所に現像部の助手として入社。その後、撮影部に欠員ができたので、異動する。

 山中貞雄監督にあこがれたが、ともに仕事をすることはかなわなかった。昭和十年(一九三五年)、尾崎純監督「お千代傘」でカメラマンとしてデビューする。初期には「鴛鴦歌合戦」(マキノ正博監督)などの作品があるが、「宮本武蔵」シリーズなど、稲垣浩監督と組んで頭角をあらわす。大映京都に移り、昭和十八年、「無法松の一生」(稲垣浩監督)を撮影する。

 戦後は、「羅生門」「用心棒」(黒澤明監督)「雨月物語」「祇園囃子」(溝口健二監督)「夜の河」(吉村公三郎監督)「悪名」(田中徳蔵)など数々の時代劇の傑作を撮影した。

 また小津安二郎とは「浮草」で、市川崑とは「炎上」「鍵」「東京オリンピック」でともに仕事をするなど、数多くの巨匠といわれる監督と撮影を積み重ね、最後に撮影監督を務めたのが、篠田正浩監督「舞姫」だった。

「映画にも、古典とか歴史に残る作品というのがあります。四十年も前に作られたものなのに“モダン”という表現がピッタリの映画もあります。

 これらの作品に共通しているのは、それを作った人が、その時代を懸命に生きて、そこで“普遍的なモノ”を追求していったことです。良いモノが必ず残るというのは、いつの世にも共通してある“真理”とか“原点”というものが必ず表現されているからです。そして、それらは、おおむね、若い感性で作られている。その世代の若いパワーが作っているのです」(宮川一夫著『キャメラマン一代――私の映画人生60年』より)

「監督とカメラマンは夫婦のような関係」というのが宮川の持論だった。六十年以上にわたり、四十人以上の監督のもとで映画を撮影。写真は、昭和六十三年、京都にて撮影。平成十一年(一九九九年)没。

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