書評

終戦直後の秋田で語るデカメロン

文: 田丸 公美子 (イタリア語通訳・エッセイスト)

『ガモウ戦記』 (西木正明 著)

 もくもくと畑を耕し、狩をし、魚を釣り、自生する草を食(は)む。僻村には、単なる言葉ではない「生きる」という行為がある。ドブロクの肴(さかな)になる季節の食材、モクズガニ、ヤツメウナギ、シカンコ(酸い葉)、バンドリ(むささび)、イナゴ、イブリガッコ、野生のアスパラガス、鮎のウルカ、読むだけで垂涎。

    秋田県、神代村の暮らしは「リトルイタリー」だ。気の合った人たちとおいしいものを食べて酒を酌み交わし、好みの女(男)がいれば本能のままに睦みあう。今を嘆かず、先を思い煩わず、日々の生活を精一杯愉しむ。男も女も底なしに大らかでたくましく、やさしい。とりわけ、女たちの飾らない実直さと包容力、けなげさ(イタリア語にはない言葉)に魅了される。時おり登場する東京人たちが、いずれも計算高く厭になるほどせこいのとは対照的だ。ガモウが吐露する村人たちへの思い、「荒っぽいが、ほんとうに気のいい連中だ。戦災ですさみきった東京などと、同じ国に住んでいる人間とは思えない」。恐らくこれは、秋田から東京に出てきた西木氏の本音だろう。

 村人たちは、どんな悲劇もからりと笑い飛ばす。発破漁で右手が吹き飛んだ男は、「先生、手先がなくなった手首は、でけぇガモみたいだんすな。嬶(かかあ)が喜ぶすべ」とくったくなく語り、残った左手で懲りずにダイナマイトを仕掛ける。大水で田んぼが水没して米なしで冬を越す事態になっても淡々と受け入れる。

 東京から密猟の熊の胆(い)を買い付けに来た向井が酒盛りに参加し、与太話の最中感極まって涙する。「ガモ君、うらやましいぞ。俺もこんな故郷が欲しい」。向井でなくとも思いは同じだ。

 物語は「万華鏡」から最終章の「雲流るる果てに」までの二章で、東京、佐世保へと舞台を広げ、西木ワールドのクライマックスを迎える。大きな歴史の裏側で懸命に生きる人たちに、この上ないやさしい目を向ける秋田男西木氏の真骨頂がここにある。「おもしろうて、やがて哀しき」余韻が長く強く残る。

ガモウ戦記
西木 正明・著

定価:1500円(税込) 発売日:2010年03月12日

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