大先輩である作家の本を、はるか格下のセミプロ雑文書きが「評する」。まさに、火中の栗、いや火中の爆弾を拾うがごとき暴挙である。しかも、作家は、硬派なテーマを得意とする西木正明氏で、新作タイトルも「ガモウ戦記」という勇ましくも男性的なもの。何故、シモネッタと言われる艶笑専門の私に? 数々の疑問が渦巻くものの、なぜか西木氏の名前を聞くと頭が麻痺して、「ノー」と言えなくなってしまう。
実は、二年前「オール讀物」の下ネタ座談会で初めてお会いして以来、私は、氏が発する渋い男の色気にノックダウンさせられているのだ。なかでも魅力だったのは、都会的でダンディな風貌の氏が秋田弁で下ネタを語るというギャップだった。そういえば、鼎談中、日本一短い口説き言葉だという秋田弁で「へこそ」(寝ようよ)と言われたときも、催眠にかかったように、「あら、やんだー」(イエス)と教えられたとおり答えてしまっていた。
そんな気さくな氏であったが、なんと言っても大先輩。斎戒沐浴して玉稿を拝読する。読み始めるとすぐに仕事であることを忘れ、物語の世界に引きこまれていった。あの日、抱腹絶倒した氏のシモネタが文字になって再現されているのだから、おもしろくないはずがない。
主人公はガモウこと蒲生太郎。戦後、南方から引き上げたが家族は東京大空襲で全滅、軍医だった金木医師を頼って秋田に移り住む。ガモは秋田では男根のこと。名前にふさわしく、早速秋田美人の戦争未亡人敏子とねんごろになり、紙芝居屋をしながら次第にこの地になじんでいく。
全編のベースになっているのが、ガモウと金木令吉医師、前科七犯のマタギであるイワオとの三人の酒盛り。戦後という時代背景の中で、彼らをめぐる村の人間模様が、とぼけた味わいをだす秋田弁で語られる。何より感動的なのは、「馬冷し」(七月中旬)、「夜突き」(六月初旬男たちが全裸で川に入って行なうマス漁)、「雪明かり」(小正月)など、各章で描写される秋田の四季の風物詩だ。しばれる寒さの冬、雪解け水が流れ出す春の川、緑したたる夏の山、東北の自然が紙芝居のように入れ替わり、物語に輝きを与えている。
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『烏の緑羽』阿部智里・著
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