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「ベートーベンでは、映画音楽にならない」という伊福部昭のコツ

「ベートーベンでは、映画音楽にならない」という伊福部昭のコツ

文・写真:「文藝春秋」写真資料部


ジャンル : #ノンフィクション

 今年は映画「ゴジラ」が誕生してから六十年にあたり、ハリウッドのリメイク版が大ヒット。またかつて「ゴジラ」の音楽を手がけた伊福部昭も、ちょうど生誕百年を迎えた。ほとんど独学で音楽を学び、クラシックや映画音楽で独自の地位を占めた伊福部にとって、かつてないリバイバルブームとなった。

 大正三年(一九一四年)、北海道の釧路生まれ。札幌を経て、十勝で少年時代を過ごした。雄大な自然に親しむとともに、自然の中に溶け込んだアイヌ独特の歌や踊りなど文化にもなじんだ。このころの生活が、後の伊福部のシンプルかつ土着的な音楽に強い影響を与えたことは疑いない。北海道帝国大学農学部を経た後、林務官となるが、二十一歳で書いた「日本狂詩曲」がチェレプニン(ロシアの作曲家)・コンクールで第一席に入賞する。

 昭和十七年、兄が戦時科学研究のため放射線障害により死去。自身も林野局に勤め、航空機に使う木材の強度を高める研究で、放射線を浴びた。ゴジラが水爆実験で眼を覚まして東京を襲うというモチーフは、伊福部の実人生と無関係ではないようだ。

 終戦後上京し、映画「銀嶺の果て」の音楽を担当。以降、「ゴジラ」「座頭市」など三百本以上の映画音楽をてがけた。「食わんがため」というが、

〈ただ、映画のコツはつかめましたね。映画の音楽は音響だけではダメで、かといって純音楽でもいけない。ベートーベンでは音楽すぎて、映画音楽にならないんです。ミュージックマイナスワン、つまり音楽としての自律性を犠牲にして、ドラマツルギーと映像を生かすんです〉(「週刊文春」平成十年=一九九八年三月十二日号より)

 写真はこのとき撮影。

 また教育者としても優れ、戦後、東京音楽学校(現在の東京芸大)で芥川也寸志や黛敏郎らを指導した。平成十八年(二〇〇六年)没。

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