- 2013.03.27
- 書評
国家のために身を粉にしている者の
姿を知ってもらいたい
文:濱 嘉之 (作家)
『警視庁公安部・青山望 報復連鎖』 (濱嘉之 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
警察出身者が警察小説を書くのは「掟破り」との評が、ネットの世界ではあるようだ。なるほど一般読者にとって、ベールに包まれた警察組織を取材もせずに記すのは、国家公務員法、地方公務員法の守秘義務に違反するのではないか……というのである。
確かに、罰則、文言の程度こそ多少違うが、国家公務員法、地方公務員法とも「職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども同様とする」旨を定めている。しかし、作品中に度々登場する階級制度、キャリア・ノンキャリ制度など警察組織に関する記述は当然ながら秘密には当たらない。捜査手法や鑑識技術も、すべて公刊資料で得ることができるものである。
むしろ、警察出身者として誤った記述をすること自体が読者に対して失礼になってしまう。最低限度の組織概要を間違えたり、あってはならない人事異動やキャリア、ノンキャリのポスト争いなどを記しては、現場に籍を置いた者としては笑い話では済まないのだ。
本書は「警視庁公安部・青山望」シリーズの第3弾である。警察学校同期4人組が昇任試験に合格しながら同期の絆を保ち、刑事、公安、組織対策の分野に分かれていく。そして4人が、今回は管理職となって所轄(管内の警察署)の課長として異動、事件に立ち向かう。
本部の捜査とは違った所轄ならではの動きがある。警視庁だけでなく地方の所轄も舞台にしながら捜査が展開されていく。本部は専門職の集まりであるが、所轄は個々の守備範囲が広い。所轄と本部に差などあろうはずがないのだが、警察を舞台にした作品では、どうしても所轄を卑屈に映したがる。その傾向には終止符を打たなければならないという思いもあった。
また、今作では前2作でも描いた海外のマフィアや国内の反社会勢力に加え、近年世間を騒がせている「半グレ」と呼ばれる元暴走族の動向にも触れている。事件の背景としてエネルギー問題、特に原発を巡る動きや食料問題が見え隠れしながら所轄同士の連携、本部を巻き込んだ捜査が進んでいく。
警察組織において、私自身の経歴の特徴は、組織内で「たらい回し」の生活であったことだ。警視庁組織内で「優れた者」と評されるのは、「人事一筋」「刑事一筋」「公安一筋」といわれるその道のプロである。私の場合、総務、警務、交通以外はほとんど経験させていただいた。これが様々なポジションから組織を見るいい機会になった。「優れた者」でなくても、何とか世の中で生きていくことができるのだ。
中でも内閣官房内閣情報調査室、警視庁公安部、さらには衆議院議員政策担当秘書という3つのセクションは、これまで多くの小説などで「悪役」として登場している。私はこれらの部門を広く世に知らしめようとは思っていないし、光を当てようとも思ってはいない。ただ、真面目に天下国家のために身を粉にしている者の姿も知ってもらいたいと思ったのは事実だ。
本書のサブタイトルが「警視庁公安部・青山望」となっているのには、公安部など警備警察の世界でいわれる「全国一体の原則」という考え方が背景にある。シマ意識もキャリア、ノンキャリの争いもない。そこには「国家、公共の安全」という意識だけがある。全国47都道府県の警備警察職員が相互に競争しながら動いているのだ。
今作で10作目となるが、これまでの自著について、官僚のトップである内閣官房副長官に上り詰めた元上司、杉田和博さんからは「もっと書け」と叱咤された。また通信社の解説委員、テレビ局の官邸キャップ、週刊誌の副編集長から「文庫解説」を、佐藤優氏、河村たかし名古屋市長から帯に言葉をいただいている。これらの方々はすべて政治部関係者であり、警察取材を担当する社会部関係者ではない。そこに私の警察小説のスタンスが漠然と見えてくるように思っている。
コメンテーターとして、さまざまな事件についてテレビで話をすることが多いが、諸先輩から「警視庁の感覚でモノを言ってはいけない」とアドバイスをいただいた。警視庁は、警察官だけでも4万人を超える組織である。2番目に大きな大阪府警でもその半数に過ぎない。自ずと特徴や捜査能力に違いが出てくるのはやむを得ない。
時として辛辣に警察非難を行わなければならない時もある。昨今話題になっている、いじめや暴力、パワハラ、セクハラという問題も現実に警察組織内部には残っている。これまで「気合」「根性」で済ませてきた暴力の正当化の時代が日本国内でもようやく終焉を迎えようとしている。
警察とて、どこの社会とも同じ病巣を持っている。本書が警察に対する意識改革としてお役に立てば幸甚である。
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