書評

死から生に至る迷宮世界

文: 横尾 忠則 (美術家)

『ポルト・リガトの館』 (横尾忠則 著)

   さて、ここから先何を書けばいいのか、ハタと困ってしまった。ぼくの絵画作品が思想を持たず責任も取らないように、ぼくの小説も態度としては絵画と親和する。絵画と同様、自作を解説するのは能がない。本の帯には「『ぶるうらんど』をしのぐ」なんて書いてくれている。また「世界はシュルレアリスム 思いっきり戯れればいい」とも謳ってある。まぁ要するに、なぜこの本を書いたのか、ということを書けばいいんだろうけれど、「フーッ」何とも言えない溜息が出る。『ポルト・リガトの館』には表題作と「パンタナールへの道」と「スリナガルの蛇」の三作が収録されているが、この三作はそれぞれが旅の物語で、『ぶるうらんど』の第三章と同様、能の形態をとっている。旅人であるワキ、またはその連れのワキツレが未知の土地に旅をする。そして旅の途上で見知らぬ人物に遭遇する。この人物が、この世の者でなかったりするのだが、この異境の人物であるシテがワキの内部に深く絡みながら、物語はいよいよ佳境に這入っていく(ポン、ポンと鼓の音)。その点、前作の『ぶるうらんど』より泉鏡花的かなぁ、と言いたいところだが、日本近代文学の天才の名を汚すようなことを言っちゃいけません。

  一作目(「ポルト・リガトの館」)の冒頭にタクシーが現れ、物語の最後はバスの走りで終わり、二作目(「パンタナールへの道」)は、バスの中から始まり、終わりは飛行機。三作目(「スリナガルの蛇」)は、やはり飛行機で、終わりはタクシーで、最初の「ポルト・リガトの館」のタクシーへと連鎖しながら物語は輪廻を繰り返す。三作の物語のそれぞれ三人の主人公は駅伝のランナーに似ていて、同じ色のタスキを区間ごとに次のランナーに手渡すが、この小説ではそのタスキが三人共通の魂といってもいいかも知れない。とはいうものの、転生物語を期待されると全然違う。このことはこれら三篇の小説の主題でもなんでもない。構成上のお遊びみたいなものだ。

  テーマがあるとすれば、死であろう。先ずは死から始まる。そして徐々に三作目で生を獲得する。だけど何度も言うが、三作は続き物でもなんでもない。一作目の舞台はスペインの地中海に面したポルト・リガトの入江に建つ、サルバドール・ダリとガラ夫妻の住む白亜の館である。二作目は日本の本州がすっぽり入ってしまうというブラジルの大湿原帯パンタナールだ。そして三作目はインドのカシミール地方のスリナガルのダル湖に浮かぶ湖上ホテル、ハウスボートを物語の舞台に設定した。三つの南の国の恐ろしいような悲しいようなエロティックな現実、そしてその現実から分離したもうひとつの現実で、「私は何者なのか」という謎に直面する主人公、いや読者(というべきか?)に語りかける小説である。とまぁ煮え切らない自作解説だが、苦しい、苦しい。

ポルト・リガトの館
横尾 忠則・著

定価:2100円(税込) 発売日:2010年03月10日

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