『ぶるうらんど』に続いて二冊目の小説集『ポルト・リガトの館』が出ることになった。一冊目で打ち止めで二冊目は全く書く予定もなかったが、処女作の『ぶるうらんど』が泉鏡花文学賞を与えられたことで、ちょっと様子が変わってしまった。全く素人のぼくにプロに与えられるはずのこの賞が舞い込んできたことが、かえってぼくを悩ましくしてしまったのである。ぼくとしては、ふと買った宝くじが当たったようなものだった。宝くじだったら別に悩みもしないけれど、これが小説だったために、まるで禅の公案を与えられたような心境になってしまったのである。
だって、小説家になろうと思って書いたわけではない。背中をポンと叩かれて、そのままツッツッツッと前のめりになった躰(からだ)を支えようとして手を出したところに小説があったという感じなんだ。だから一回こっきりでそのあとは何もないでよかったはずが、そうはいかなくなってしまった。このまま「ごっつぉはん」と一言いってお前は消えるつもりなのかと、ぼくの弱いはずの心が、食い逃げを許すまじ、と心の底で叫んだのである。
「じゃ二作目を書いてやろうじゃないか」と開き直る自信も勇気も皆目なく、恥を晒(さら)すのが関の山だ。そんな煮え切らないグジャグジャした気持のまんま、とりあえず書く決意を固めたというわけだ。
何しろ古稀を過ぎてから小説を書こうというのだから、「年寄りと釘頭は引込むがよし」という怒号のような声が、天からも地からも真横からも聞こえてくる。ただ、ぼくにもし自信を与える材料があるとすれば、ぼくは小説家を志望していないということだろう。ここんところは結構大事なことで、小説家志望でないために、ぼく自身の存在が妙に揺らぐということはない。ぼくにとって書く理由はただひとつ。書くことが愉しめるかどうかという一点に集約される。そして小説を書くことで本職の美術活動の障害にならないか。またそれ以上に刺激を与えてくれるなら、書くのも悪くないだろう。ただしそれが活字にしてもらえるかどうかという決定的な難関がクリアできた場合にのみ可能であるということだ。幸い二作目の『ポルト・リガトの館』は、活字になって書店に並ぶことになった。ここでちょっとでも作家気分になるなら、これはヤバイ、ヤバイ。色気の欲望は身の破滅である。何もなかったかのように冷静で無表情でいなさい、とぼくの魂がそっと囁(ささや)いている。
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