書評

様々な人と出会い、多くのことを
吸収していった中村屋の生涯

文: 関 容子 (エッセイスト)

『勘三郎伝説』 (関容子 著)

 丸谷さんは本当に中村屋の贔屓で、その演技の本質を室内楽の第1ヴァイオリンにたとえ、指揮ではなくて自分も演奏しながら微妙な呼吸でアンサンブルを整え、いい演奏にもっていくところが好き、と手のこんだ褒め方をする。中村屋は大いに感じ入って、「それで僕は『鏡獅子』や『道成寺』に特別の感じがあるのは、1人舞台で気を遣わずにすむからなんですね」と納得する場面が実によかった。

 志ん朝さんが自分は昔どんなに歌舞伎役者になりたかったかを諄諄と述べると、「そうしたら『髪結新三』の新三も『文七元結』の左官長兵衛も、みんな先にやられてましたね」と受け、「噺家も役者も究極のところは人間なんだね」という結論に達するのだが、そこにたどりつくまでのそれぞれの父親、志ん生師匠や先代中村屋のエピソードが無類に面白い。志ん朝さんはそれから2年ほどで亡くなったから、思えばこれは貴重な顔合せだった。

 そして平成14年、まだ勘九郎・新之助だったころの対談のテーマは「2人で歌舞伎探しの旅に出よう」だった。

 海老蔵さんはこの燃えさかる炎のような先輩の話に眼を輝かして聞き入り、『野田版・研辰の討たれ』初演の夜の嵐のような大喝采に思わず幕をあけたカーテンコールと、2日目からの慣習的になったそれと、楽日にまた本当のカーテンコールがあった、という話に「ジーン」と声に出して感動する後輩を、内心で「カワイイ!」と思う眼で眺めていたのが、今思っても素敵な光景だった。

 対談を始めるに当って、お互いに本名の「哲明(のりあき)さん」「孝俊」と呼び合おうと中村屋が提案し、終り近くに「僕、やっぱりお兄さんと呼んでいいですか」と訊かれたときの、嬉しさをかくす顔が忘れられない。深夜に帰宅した中村屋は姉の波乃久里子さんに、「孝俊が今夜僕を兄さんと呼んだ」と自慢げに報告したそうだから、よほど嬉しかったのだろう。

 海老蔵さんのブログには、今もときどき「勘三郎の兄貴」が登場する。きっとこれも喜んでいるに違いない。

 中村屋は2歳から注目されて超多忙な日々を過し、寝る間を惜しんで50数年間、若い日をそのまま重ね、充実して生きた。人の何倍も生きたのだから以て瞑すべしという考え方もあるが、私にはそうは思えない。大病を克服して、また大きく立派になった中村屋に会いたかった。

 謹んで中村屋に捧げるこの本は、私の痛恨の思いに満ちている。

勘三郎伝説
関 容子・著

定価:1600円+税 発売日:2013年11月18日

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