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60代の男が主人公の青春警察小説

60代の男が主人公の青春警察小説

文:中辻 理夫 (文芸評論家)

『刑事の骨』 (永瀬隼介 著)


ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 そして第2部。時代設定は一気に2010年に飛ぶ。不破は60代だ。スーパーの保安員をやっており、万引き犯に目を光らせる日々だ。離婚して独り暮らしの彼は仕事に倦怠を感じ、辞めてしまう。その自宅マンションに突然、田村が訪ねてくる。2年ぶりの再会である。彼もガードマンの仕事を辞めていた。1993年の出来事について話したいような、そうでないような曖昧な態度のまま帰っていった。

 間もなく田村は新宿歌舞伎町のビルから墜落して、死ぬ。警察は自殺と結論づけたが、不破にはそうは思えない。調べを続けていくうち、田村が独りで連続幼児殺人事件の解決を目指していたことが分かる。亡き友の遺志を継ぐため、不破は単身の聞き込みを始めるのだった……。

 厳密に言えば警察小説であるのは第1部までで、そのあとは老人探偵ものと言えるのかも知れない。しかしながら、元刑事が現役の警察組織に探りを入れつつ、しだいしだいにその暗部へ迫っていくストーリー運びは近年のほかの作家による警察小説と似た肌触り、ダイナミズムを持っているのである。

 永瀬隼介は作家史初期からすでに、老境に入った者が若い頃に味わった苦汁を克服すべく残り少ない人生を執念の捜査に賭ける、という物語をものしていた。2003年の『閃光』である。フィクションではあるが、1968年に起きた3億円事件の真の解決を目指す定年間近の刑事が際立った活躍を見せる。あるいは2007年の『誓いの夏から』はバブル期と現在とが呼応し合う構成が読みどころだった。

 元々、こういう歳月の重みを表現できる作家だからこそ本書『刑事の骨』にも、どっしりとした貫禄、説得力が生まれているのだ。現実に目を向けてみると、10~20代の青年はとかく万能感に包まれがちである。60代などは異次元の人と捉えてしまうのではなかろうか。ところが本書の主人公・不破はとても熱い心の持ち主である。そうなっていることが読者にとって少しも不思議に感じられないのは、警察学校時代の不破と田村とが微笑ましくも屈折した友情を育むシーンが丁寧に挿入されているからだ。田村の死をきっかけにして不破は、過去に中途半端に終わらせていたいくつもの出来事に決着をつけたいという情動を燃え上がらせる。青年時代も働き盛りの中年時代もすべて回想し、1つ1つに真正面から取り組むのだ。本作は60代を主人公にした青春警察小説と言っていいだろう。この作者らしく、多数の人物を次々と登場させ、入り組んだ人間関係を緊密につなぎ、最後のクライマックスへ一気に突進していく展開も見事である。

文春文庫
刑事の骨
永瀬隼介

定価:825円(税込)発売日:2013年10月10日

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