- 2013.07.04
- 書評
「10の心得」に隠された
彼が本当に言いたかったこと
文:名波 浩 (元サッカー日本代表/サッカー解説者)
『デル ピエロ 真のサッカー選手になるための10の心得』 (アレッサンドロ・デル ピエロ 著・豊福晋 訳)
ジャンル :
#ノンフィクション
ユベントスというイタリアではもちろん世界でもトップクラスのクラブで酸いも甘いも充分に経験したアレッサンドロ・デル ピエロの、10の信念が綴られた本である。
僕は、1999―2000シーズンにベネチアでプレーしていた時、ユベントスとは2試合対戦している。ベネチアホームの試合ではデル ピエロに点を取られて負け、悔しい思いをした。
その経験だけでなく、サッカー選手として、自分とリンクするところが多く、大変興味深く読んだ。デル ピエロが19年間過ごしたユベントスで最後は試合に全然出られなかったことは、僕がジュビロ磐田で過ごした最後の年とかぶるところがあったし、膝の怪我に苦しんだことも同様だった。
さらに言えば、代表で10番を背負ったことも“注目を浴びた”という点で共通するところだったかもしれない。だからこそ、「この世界では、曇りのない本物の友情を見つけるのはとても難しい。僕は友人の前ではいつまでもアレッサンドロでありたいし、デルピエロとしての僕を求められたくはないんだ」という部分には、特に共感した。ユベントスでもイタリア代表でも重責を担っていた彼は、常にたくさんの視線に囲まれていた。そんな彼が、ベネチアのカーニバルで、大好きなタイガーマスクをかぶって誰にもデルピエロと気づかれずに過ごした1日を、「心から幸せだった」というのには頷けた。僕も当時は、誰も僕を知らない場所に出かける時が一番ほっとできたからだ。
デル ピエロの言う「孤独」とはそういう世界にいたということと、点を取って評価されるポジションにいた孤独感があったのだと思う。若くて調子の良いときは孤高にあり、周りの支えに気づかなかったのが、徐々に見えてきたのを感じさせる。それまであまり仲の良くなかったチームメイトのモンテーロが、憂鬱な顔をしたデル ピエロに「そんな顔をしたお前なんか見たくない。何かあったのか?」と声をかける。デル ピエロは、それにより、モンテーロがずっと自分を観察していてくれたことに気づき、人の支えの重要性を知るのだ。
デル ピエロの変化は、怪我をした前と後でも大きい。周りの見方も、自分自身も変わるものだ。彼はそれをすんなりと受け入れて次のステップアップにうまく変えたように見える。復帰の後、2002年、06年のワールドカップでメンバーに名を連ねられたというのは、本人のサッカーに対する真摯な姿勢と、幼少時代からの「俺はサッカーが一番うまいんだ」という信念が結果として“イタリア代表”というプレゼントをもたらしたのではないか。
そして、彼が怪我と並べて「人生で感じた最大の痛み」としてあげているのが、父の死だ。電気技師で寡黙な父から教わったいくつものことが、彼の脳裏には焼き付いている。何を言われたわけではない。父の財布から盗んだ1000リラが父にみつかった時、父は「珍しいお札だな」と言っただけだった。デル ピエロはずっと頭の中で懺悔をし続けることになる。また、成功した彼がメルセデスSLに乗って実家に帰った時も、ガレージから古くて小さいフィアットを出してくれて「傷つけないように入れろよ」とだけ言う父。デル ピエロはそこで恥ずかしさを覚える。
今、父の不在をとても寂しく思い、自分の子供達に、父の教えを引き継ぎたいと思っている。イタリア人の家族を大切にする気質は僕もよく知っているが、デル ピエロの家族愛はこの本を通じて強く感じることのひとつである。
あえて彼の苦悩の部分を抽出したが、この本の全体の印象はポジティブだ。「自己愛はいつも僕を救ってくれた」「自分のプレーに自信を持っていなければならない」と繰り返す。控えというポジションに回っても、他の選手より自分が劣っていると思う必要は全くない、もしそう考えるやつがいるとしたらそいつはプロじゃない――その通りだ。
感覚的なプレイヤーという彼の印象は、この本を読んで変わった。サッカー人としての彼の感受性はすべてピッチの上にある、と思っていたが、ピッチ外で起きる計算外のこともうまくコントロールし、ピッチで表現していたのだ。本人も自分のことを「個人主義者だ」と言っているがそれでも組織とうまく融合し、人を動かすのもうまい、周りの影響も受けており、とても人間的な人物だったことが分かる。
読了し、デル ピエロはやっぱり天才だな、と思う人もいるかもしれない。でも僕は違うと思う。彼は本の中で自分は努力家とは言っていないし、天才だとも断言していない。天才の部類に入るんじゃないか、とは言っているが。今日に至るプロセスには、言い尽くせない努力があったということを、実は言いたかったのではないだろうか。