――収録作の多くは、「オール讀物」が年に1度作っている「官能特集」の巻頭を飾る作品でもありましたね。
小池 官能、エロティシズムの描き方は作家によって全く異なりますし、どれがいい、というものではありません。でもその中で、編集部が目指す官能が私の思い描く官能とぼんやりとではあっても一致したのでしょう。エロティックなシーン満載のポルノ的なものだけが官能ではない。官能ってもっと豊かなものだし、そこには必ず死が重なってくる。
父の死、母の死、心の揺れを言葉にしたかった
――「千年萬年」という中年女性が主人公の作品に、その豊かさを強く感じました。これまでの小池さんの作風になかった大人のユーモアにあふれ、クスクス笑いが漏れてしまうのに普遍的な官能、エロティシズムを濃厚に感じます。
小池 実は収録作の中で『千年萬年』が一番気に入っているかもしれません。タイトルで分かるように、亀が出てくるんです。これは猫でもオウムでも駄目で、亀でなくてはなりません(笑)。若い頃には書けなかった作品だと思います。
推理小説誌が発表の舞台だったころは、ミステリ色の強い短編を数多く書いていました。プロットの妙とかトリックの完成度、目新しいテーマや時代性を意識していたし、それらを突き詰めた作品の面白さを追求していたのですが、今はもう、そういうことにあまり興味がなくなりました。ずいぶん解放された気分で、自由に書けているなあ、と感じます。その意識の変化は、この7年ほどの間に自分の身に起きた出来事と、決して無関係ではないように思います。2008年に自宅が全焼し、2009年に父が亡くなり、2011年には母が病気で足を切断し、昨年亡くなりました。人がその人生の中でひとつずつ、長い時間をかけて引き受けていくようなことを、短期間のうちにあっという間に経験したんですね。だから、その折々の心の揺れの先にあるものを言葉にしたかったし、そうすることで、作品を作り続けてきたように思います。人が生きること、愛すること、老いること、死ぬこと、その一生の中で必ず訪れる瞬間の心象風景を掬い上げた作品が多くなったのには、そんな私の心持ちが無意識にでも反映されたからなのでしょうね。横山智子さんの素晴らしい装画も含めて、最新作にして、これまでで最も満足できる1冊になりました。
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