サント=ビクトワール山を描くセザンヌをほうふつとさせる画家。日本画壇の重鎮・中川一政は明治二十六年(一八九三年)、東京・本郷に巡査の息子として生まれる。錦城中学時代は短歌・俳句の創作に熱中する。中学卒業後、定職につかずに過ごしていたが、雑誌「白樺」で日本に初めて紹介されたゴッホやセザンヌの絵におおいに触発されたという。やがて独学で油絵を描きはじめる。二十一歳のとき描いた「酒倉」が巽画会展で入選。岸田劉生や高村光太郎らに評価される。これをきっかけに、大正四年(一九一五年)、岸田や木村荘八らとともに、草土社の結成に参加する。
初期の北欧ルネッサンス的な画風からフォビズム的傾向を経て、次第に東洋的なイメージを強めていった。油絵具ばかりでなく、岩絵具、水墨とさまざまな素材を巧みに駆使して、独自の世界を構築した。禅師の書にも深く傾倒し、中国の古典にも精通。書や陶芸も手掛けるほか、随筆家としても知られた多才ぶりを発揮し、みずから美術を「生術」と呼んだ。
戦時中、伊豆に疎開し、その途次訪れた真鶴が気に入り、別荘を購入。別宅のつもりが本宅になったという。写真は昭和五十年(一九七五年)三月に撮影。この年、文化勲章を受章する。晩年まで精力的に創作活動を続け、平成三年(一九九一年)、九十七歳の長寿を全うした。
娘の原桃子の回想。
〈何より父を尊敬するのは、父が自分のことを偉いと思っていなかったことだ。何でもない日常会話のなかに何か耳新しいことがあると、父はそれを理解しようとした。何かいいことを取り入れよう、勉強になる話をきこうと努めていた。「そうかい、それは知らなかった。これから気をつけよう」などと自然にいわれると、私は身のおきどころに困った〉(「中央公論」平成三年四月号「父・中川一政のこと」より)
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