書評

「真相」に近づくには

文: 江川 紹子 (ジャーナリスト)

『私は真犯人を知っている――未解決事件30』 (「文藝春秋」編集部 編)

 郵便不正事件に巻き込まれた厚労省元局長の村木厚子さん(現内閣府政策統括官)もそうだ。本書に収録された村木さんの手記は、判決の少し前に私が長時間のインタビューを行ってまとめたものだが、大阪地裁で無罪判決が言い渡された後、事件は検察を揺るがす大スキャンダルに発展した。主任検事だった大阪地検特捜部の前田恒彦元検事が、押収証拠のフロッピーディスクを改竄(かいざん)したことが明らかになり、さらにその上司二人が事件を隠蔽(いんぺい)したとして、合計三人の現役検事が逮捕・起訴される事態になった。

 最高検察庁が捜査とは別に、独自の検証を行い、その結果を発表した。それによれば、上司であった大坪弘道前特捜部長が、強気一点張りの捜査を求め、部下に異論を許さないワンマン体質だったことが指摘されている。そういう面はあったのかもしれないが、では、果(は)たして主たる原因は大坪前特捜部長のパーソナリティだったと言い切れるのだろうか。

 村木さんが、国と大坪前特捜部長らを相手に、国家賠償訴訟を起こしたのも、知りたかった「真相」が最高検の検証では明らかにならなかったからだ。

 なにしろ最高検は、村木さんら取り調べを受けた人たちには全く話を聞かず、身内の検察関係者に事情を聞いただけ。そのため、村木さんが一番知りたかった、「事実と異なる一定のストーリーに沿った調書が大量に作成された過程」が全く明らかにされず、大坪前特捜部長のパーソナリティを育ててきた「組織の風土や文化」も分からないままだった。

 訴えを起こせば、心ない誹謗(ひぼう)中傷にさらされるリスクを冒(おか)してもなお、やはり「真相」を知りたいという一念が、村木さんを突き動かしたのだろう。

 思い切り仕事をしながら、二人の娘の母として、妻として、幸せな家庭生活を送っていた村木さんは、いきなりいわれなき罪を着せられ、マスコミにも犯罪者扱いされた。そんな中でも決して自分を見失わず、希望を失わず、真実を貫くことができたのは、なぜか。検察官やマスコミには恨(うら)み骨髄のはずなのに、常に冷静に対応できたのはどうしてか。村木さんは、いかにもな「強い」人ではなく、細身で柔らかい雰囲気の方なのに……。

 それが私の一番知りたいことだった。

 冤罪に限らず、病気や事故、勤務先の倒産などが、いつ私たちを不本意な状況に 陥(おとしい)れるかもしれない。そんな時に、希望を持って困難を生き抜いていくためのヒントが、村木さんの話の中にあるように思える。読者に、それが届くようにと、手記をまとめた仲介者として願っている。

私は真犯人を知っている
「文藝春秋」編集部・編

定価:560円(税込) 発売日:2011年03月10日

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