2013.03.22 書評

過去と現在に引き裂かれた主人公たち

文: 榎本 正樹 (文芸評論家)

『サクラ秘密基地』 (朱川湊人 著)

 朱川湊人といえば、懐古的な世界観を基に、謎めいた都市伝説や不気味な現代説話を打ち立ててみせる、いわゆる「ノスタルジックホラー」の書き手として高い評価を集めてきた。『サクラ秘密基地』は、6つの短編を収録した短編集である。各短編同士に内容的なつながりはないが、全作を貫く共通のテーマとモチーフが「家族」と「写真」に設定されており、その意味で本書は、緩やかな関係で結ばれた連作的な意味あいをもつ短編集といえる。

 冒頭に置かれた表題作は、4人の小学生の男子仲良しグループが、塀に囲まれた一画に置き去りにされた軽トラックを発見し、秘密の隠れ家として集った少年時代を回顧する男の物語。秘密基地は、それぞれに家庭の事情を背負った子供たちの居場所であり、交流の場であり、つらい現実から逃れるための避難所(シェルター)であった。甘美な少年時代の記憶を描いた作品と思いきや、事件は突然起こる。児童虐待やネグレクトという言葉がまだ存在しなかった時代に起こった1つの悲劇を通して、複雑で残酷な親子関係が暴きだされる。大人の前で子供は無力だ。無力さゆえの絶望の深さを、朱川はあくまで子供たちの側に立ってシンパシーをこめて描く。

「飛行物体ルルー」は、少女が主人公の物語だ。鍵っ子の境遇で結ばれた2人の少女が、UFOのインチキ写真を撮影したことから始まる騒動が、彼女らを思いがけない方向へと導いていく。小さなUFOが巨大化して飛び立つシーンの神秘的な美しさが印象に残る。続く「コスモス書簡」では、少年が年上の少女に抱いたかつての淡い恋心が、手紙形式で綴られていく。街娼が言ったとされる、女の体の奥にはヘビがいるとの謎めいた言葉が現実化した時、少年と少女の特別な時間は終わりを迎える。妖艶な色合いを帯びた都市伝説を、秘められた性的衝動に結びつける手際は見事というほかない。

『サクラ秘密基地』に共通するモチーフの1つが写真であることは既に述べたが、「黄昏アルバム」は、写真をめぐる怪異譚である。主人公の女性が兄のために見つけた質流れ品のカメラは、撮った覚えのない写真がうつる不思議なカメラであった。兄はそれらの写真を「黄昏写真」と名づける。中2時代の自分の姿が撮影された黄昏写真を見た主人公は、自分に恋心を抱き、若くして亡くなったクラスメートの男子を思いだす。そして、黄昏写真の1枚1枚が、彼からのメッセージなのではないかと考え始める。

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サクラ秘密基地

朱川湊人・著

定価:1680円(税込) 発売日:2013年03月13日

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