映像の勉強のため、気に入った映画は繰り返し観る。『ムーラン・ルージュ』は劇場で二十三回、『ダークナイト』は三十一回。練り上げられたゴージャスな物語や美しいカットは何度見ても飽きない。
本だってそうだ。読みたいと思ったら文庫本はその場で買ってしまうから、時には本棚に同じ本が何冊も並んでしまう。
田辺聖子さんの『私本・源氏物語』は、繰り返し読む本の筆頭だ。ホンネで生きる従者「ヒゲの伴男」が庶民代表の目線で光源氏の恋愛模様を語る、痛快なパロディー小説である。
社会人となって二十年、初めてオーディオドラマを作ることとなった時、私はこの『私本・源氏物語』シリーズを迷わず選んだ。主人公・ヒゲの伴男は、どんぐりまなこで恰幅のいい四十がらみのオッサンだ。「花の如き美貌の貴公子」である十七歳の光源氏とは見た目も性格も地位も対極にある。
立場は源氏の小舎人(ことねり)、つまりしもべとしてそばに仕え、尿筒(しとづつ)を携えてどこへでもお供する。おのずと光源氏の私生活全般を把握することとなり、恋の橋渡しも重要な任務の一つだ。源氏のめあての姫君が現れると、おつきの中年の女房に急接近、ほめておだててその気にさせて、夜には寝所で女房が用意したお酒や干し魚の切れっぱしを共にしホロ酔い加減。そんなこんなで見事に姫君に渡りをつける。伴男自身の女の好みはぽっちゃりよりは「ぼってり」タイプ。伴男が顔さえ出せば
「あらま、いらっしゃい」
とにっこり笑って迎えてくれる中年の女房があちこちにいるのだ。
これぞ人生の醍醐味と語る伴男からすれば、源氏の君はまだまだ恋に恋するお年頃。そんな源氏を「ウチの大将」と内輪で親しみをこめて呼ぶ伴男はじつに良き家臣でもあるのだ。