伴男の前での光源氏は、どこまでもあけっぴろげだ。箸も濡らさぬ貴公子でありながら、風呂上がりにはフナずしをほおばって一首。
「フナずしやああフナずしや、フナずしや かえすがえすもうまきフナずし」
こんな『私本・源氏』を初めて読んだハタチの私は、伴男と光源氏のどちらが理想の男性? と思い比べて、やっぱり光源氏がいいやと結論していた。いま、二十余年を経て再び自問するとき、やっぱり光源氏に陶然としている自分に気づく。人生の諸訳(しょわけ)を知るには年齢だけではないようで、なかなかムズカシイものである。伴男のようなオトナっぷりは、上司や居酒屋のマスターならアリ、だろうか。
『私本・源氏』では、「小っこい可愛いお姫さん」こと十歳の紫の君は、流行りの性教育本『なぜなぜなーぜ』で仕入れた知識で小スズメの生態を解説する。「六条のオバハン」こと六条御息所は、源氏の前で高らかに和歌を朗詠したかと思えば、正妻・葵上への嫉妬をネチネチとこぼし始め、しまいにはヒステリーを起こしてしまう。
ヒロインはみな天真爛漫で自分のホンネに忠実で、小気味いい。『源氏物語』で最高に幸せな女性は誰かと聞かれたら、以前なら才気と美貌に恵まれた紫の上、と答えたが、今の私には、こよなく慈しんでくれる母親や祖母と幼くして別れた紫の上のよるべなさはどれほどだったろう、と感じられる。
私が今までどこかのんきでいられたのは両親の支えがあってこそだ。社会に出てボコボコになり世の中の見かたも変わってきたが、高らかに笑う「小っこいお姫さん」らヒロインのかわらぬ明るさは、今の私にはいかにもまぶしい。
ところで、愛すべき中年男・伴男は、見た目も男っぷりも、田辺さんの愛すべき盟友・カモカのおっちゃんと重なる。
中学時代、初めて手にした文庫本がカモカシリーズだった。おっちゃんは「あーそびーましょ」とおせいさんのもとにやってきては、一献かたむけつつ時事ネタや世の風潮を語りあう。少女だった私は、丁々発止のオトナのユーモアのとりこになった。
東北大学で国文学を専攻したのも、私の本棚に並ぶ田辺さんの王朝もの、OLのユーモア小説、文学論が宝石のようにキラキラ輝いていたからかもしれない。社会に出てからは、文庫本が出るたびに買い直し、読み返すのがこよない楽しみとなった。
さて、次代のラジオを目指し番組開発の旗を振る上司のもと、かくも愛する『私本・源氏物語』シリーズのドラマは夏の放送に向けて動き始めた。『源氏』ブームはとどまるところを知らないが、ヒゲの伴男と光源氏の異色コンビが語り出せば、誰もがラジオに耳を止めるはずだ。商店街の一角で、タクシーの車内で、日々の楽しみとなり心に残る、フックのあるドラマ。読まず嫌いの人も男性陣も、『源氏物語』って面白いなあと思っていただける番組を結びたいと思う。
声と音楽と効果音を指揮者のように美しく組み上げる技術ウーマン、華と遊びのある音楽をつける音響効果マン……スタッフも腕が鳴っている。伴男や光源氏のキャラクターは、さてどんなふうに立ち上るだろうか? 音で作る王朝ドラマをぜひ楽しみにお待ちいただきたい。そして、人生賛歌の物語に大いに笑っていただきたいと思う。
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