幻に終わった「新党構想」
こんなに線が細くて、政治家としてやっていけるのかと心配した。そんな人が、総理を務める時代になったのだ。
かつて私が謦咳(けいがい)に接した政治家たちは、みな確固たる信念をもち、強靱な胆力を備えていた。
田中角栄先生が福田赳夫先生と総裁選を争ったとき、私が秘書として仕えていた中川先生の元へ、田中陣営から茶封筒に入った1千万円の現金が届けられた。あの当時としては、当たり前の習慣だ。しかし中川先生は受け取りを断わり、こう言った。
「私は田中先生を応援する。しかしそれは、お金が欲しいからじゃない。いま日本に必要なのは田中角栄だ、という思いで応援する。だからカネなんか要らない」
自身の目指す「脱官僚政治」「世代交代」を成し遂げるのは田中角栄だ、という強い思いがあったのだ。しかし反共の中川先生は、中国との国交を正常化させた田中総理と袂を分かち、「金権政治批判」を強めていく。それも中川先生なりの、筋の通し方だった。
その田中先生が、ロッキード事件で逮捕された夜のこと。私は、布団を敷かずに床の上で寝ている中川先生を見た。立つ位置を違えたとはいえ、我が党の総理総裁経験者が夜具など満足に与えられない場所に囚われている。そうした境遇に少しでも寄り添おうという、強い情があったのだ。
中川先生が総裁選に出て破れ、自殺に至るまで何があったのかも、この本でくわしく明かした。「世襲には反対だ。後継は鈴木宗男だ」といつも口にしていた先生の遺志を尊重し、私が出馬に踏み切ったいきさつも書いた。
中川先生を失った私の後ろ盾になってくれたのは、金丸先生だった。跡目を継ぐことが決まった息子の昭一さんは、金丸先生が私を応援しないよう、目白の田中邸へ頼みに行ったという。そのときの田中先生の言葉は、
「金丸という男は、『行くな』なんて言えばよけい行く男だ。黙ってるのが一番だ。そんなことより自分が勝ってくればいいんだ。人のことは気にしないで、しっかり自分のことをやれ」
人間を見る確かな目、昭一さんへの温かい励まし。さすがは田中先生だ、と感じ入ったものだ。
政界に強い影響力を持ち続ける小沢一郎先生や、エリツィンやプーチンといったロシアの政治家の素顔にも触れた。幻に終わった昭和55年の新党構想も、初めて公になる秘話だろう。その点で、戸川猪佐武さんの『小説吉田学校』や伊藤昌哉さんの『自民党戦国史』などに連なる政治史の記録としても、価値ある内容だと思っている。
人は修羅場を経験することで揉まれ、磨かれる。政治家もまた然り。
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