2016.03.07 文春写真館

中一弥の挿絵は時代小説に夢を与え続けた

文・写真: 「文藝春秋」写真資料部

中一弥の挿絵は時代小説に夢を与え続けた

 時代小説の中に中一弥の挿絵があると、それだけで読者は江戸時代を実感することができた。

 北斎や広重など、本物の江戸時代の絵は、デッサンや遠近法が独特で、絵としては素晴らしくても、現代人の「リアル」とは別物だ。だが、中氏の綿密な時代考証と、正確なデッサン、江戸への深い造詣から生み出された絵は、自然に「本当の江戸時代」を感じさせ、味わわせてくれる。

 明治四十四年(一九一一年)大阪生まれ。早くに父を亡くし、貧乏暮らしの中で右目の視力を失うが、小さい頃から好きだった絵は描き続けることができた。絵を描く仕事がしたくて、当時人気の挿絵画家だった小田富弥の住所を新聞社で聞き、手紙を書いて約束もなしに訪ねてゆき、弟子になる。十八歳のとき、名古屋新聞に連載していた直木三十五の『本朝野士縁起』の挿絵でデビュー。

 端正な画風、朴訥で穏やかなイメージだが、実は恐るべき情熱と執念の人だ。時代の流行によって、挿絵の注文には波もあり、収入の浮沈は激しかったが、西鶴本や名所図会など、資料の古典籍は借金をしてまで収集し、「名品といわれる江戸絵図はほとんど集め」その後生活のために「ほとんど売りました」。

 またモデルに着せるため、着物や帯などを次々に誂え、江戸時代初期の着物を復元したことまであり、「そういうふうに、何十年も見てくると、多少、着物に関しては、目が利くようにはなってきました」ともいう。

 これらすべての経験が、一枚一枚の絵の中に昇華し、見る者を酔わせてきた。

『おれの足音 大石内蔵助 上』 (池波正太郎 著)

 また「僕の挿絵には色彩がいらない」というほどに、「線がいちばん重要」で、「色彩を知らないで墨絵一点張り」の画家を自任したが、これも彼が江戸時代の挿絵本の継承者であることの証だろう。

 平成二十七年(二〇一五年)に百四歳で亡くなるまで、画業一筋。常により高いところに到達点を求めて描き続けた。

 吉川英治、山本周五郎、野村胡堂、海音寺潮五郎、村上元三、藤沢周平、池波正太郎、吉村昭、佐藤雅美、乙川優三郎、そして自分の三男の逢坂剛。

 明治から平成まで、日本の時代小説に夢を与え、花を咲かせ続けた生涯だった。

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